銀河エクスプレス 2『 アリオン 』

夏川 俊

第1話、M-46にて

「 戦艦 デンバー、被弾! 後部第2甲板にて火災発生! 」

「 護衛艦はどうしたっ! 」

「 キャノン砲の直撃を舷側に受け、航行不能! 戦線を離脱しています! 」

「 大尉! 重巡 信濃が、敵艦載機の空襲を受けていますッ! 艦長を含む

  戦闘指揮官に、多数の戦死者が出ている模様。

 現在の動力稼動率、20%…! 艦隊行動より脱落! 」

「 報告します! 戦艦 灘潮、大破! 防護艦 マーカス、雷撃により航行

  不能ッ! 」

「 くそっ、これじゃ、全滅だ…! 航宇士! 現在の距離はッ? 」

「 メンフィス突入まで… あと、2万4千宇宙キロですっ…! 」

「 大尉! 巡洋艦 カレナ、護衛艦 霧島、雷撃により大破! 共に、航行不能

  となりました! 」

「 報告します! 航空戦艦 キプロスも、右舷に拡散砲の直撃を受け、戦線脱落!

  こ、後続が…… 後続が、誰も付いて来ませんっ! わ、我が……

 我が、マーキュリーのみですッ……! 」


 ガバッと起き上がる。

 薄暗く灯る、非常灯のランプが目に映った。 簡易ベッドの上、寝汗をかいた首筋から一筋、汗が滴る。

「 ……夢か 」

 左手の甲で、顎下に滴っていた汗を拭った。 何事も無く、ゴンゴンと静かに唸るエンジン音……


 このところ、軍属だった頃の夢をよく見る。


 俺は、枕元にあったレーダーの端末を手に取ると、方位検索のキーを操作した。

「 まだM―46… やっと、シオンを過ぎたか… 」

 忌まわしい記憶のある、M―46星雲。


 デービス、フィンチを始め、輸送船仲間の多くを失った場所。

 親父が、戦死した場所……


 この星域を、1週間以上もかけて航行しているからなのかもしれない。 軽巡『 マーキュリー 』に、副艦長代理の特任大尉で乗艦していた頃の夢をよく見るのは……


 貨物室にある荷の届け先は、メンフィスの皇帝軍工廠だ。

 ブルーになる要素が満載の、今回の仕事…… 荷は、高粒子拡散砲弾の原料となる精製プラストン429。 圧力負荷をかけると、瞬時に核融合反応を始める危険極まりないシロモノだ。 密閉容器に入れ、自在ラゲッジに格納してはいるが、20宇宙ノット以上のスピードは危険な為、超低速での航行を余儀なくされている。

( ベガの荷役センターの港を出港してから、既に2週間弱か。 いい加減、疲れたぜ… )

 仮眠室のベッドから降り、船長服の上着を肩掛けにすると、俺はブリッジに向かった。


 船外が、目視出来るブリッジ……

 特殊強化ガラスの窓の外には、無限の宇宙に瞬く、無数の星が輝いている。


 貨物船でも、最近はモニター式構造のブリッジが主流だ。 だが俺は、旧来の『 船 』にこだわっている。

 軍属ならまだしも、民間の貨物船だ。 戦闘を考慮に入れた設計は、税関の検察局から、積荷検査の強制執行を受ける確率が高くなる。 立ち入り検査は、御免被りたい… なぜなら、違法改造バンバンの船だからだ。 こちらの方が重要である。


 積荷スペースの違法拡張・ワープ航法可能なエンジン改造も然ることながら、バルゼー元帥救出の件の際、囮の荷物として受け取った積荷より、『 合意の上 』にて拝借した解放軍の武器の数々…

 通信士カルバートと2等航宇士ビッグスらの手によって、重機関銃はもとより、20ミリバルカン砲、3連装の自働追尾式高角砲や15センチ対空砲。 船首部には、何と20センチPAC砲まで装備されている。

 当然、火器使用許可や免許は取得していない。

 無免許だから資格剥奪のされようも無いが、違法である事には間違いない。 見つかれば、運送商登録を抹消される事だろう。

 だが、俺の仕事は、いつ災難が降りかかるか分からない職種だ。 同業者も、何らかの『 予防策 』をとっているのが通例である。 検察当局も、ある程度は見逃してくれてはいるが、巡洋哨戒艇と『 交戦 』出来るほどの武装は、おそらく見逃してはくれないだろう。


 旧式の、フリゲート級大型輸送貨物船『 トラスト号 』……

 見かけは、それで良いのだ。



「 変わりはないか? 」

 ブリッジへ入った俺は、レーダーに点滅する航行フリップを見つめているビッグスにたずねた。

「 …… 」

 無言の、彼。

 何か、未確認の船影でも見つけたのだろうか? じっと、身じろぎもしないでレーダーを監視している。

 俺は、ビッグスに近付き、レーダーを覗き込んだ。


 ……ヤツは、眠っていた。 しかも、鼻提灯を下げて。


「 敵襲ッ! 敵襲だァッ! ゴルアッ! 」

 俺は、ヤツの耳元で叫んだ。

「 う、うわだっぷ! ひ、ひえ…っ! 」

 マヌケな寝ボケ声を上げつつ、座っていた航宇士シートから転げ落ち、ブリッジの床を意味無く這いずり回るビッグス。

「 ビッグス! てめえ、また寝てやがったな! 」

「 ち、違いますよ、キャプテン… 」

「 ドコが、どう違うんだ? あ? 」

「 い、いや、その… ちょっと、考え事をしていまして… 」

 お前の考える事は、ベガのクラブのネーチャンの尻か、エロ3Dの新作情報くらいなモンだ。

 ビッグスは、レーダーを指しながら言った。

「 じ、実は、レーダーに船影反応が… 」

 いかにも、テキトーかましたような言い訳。

「 ほほう~? どれどれ……? 」

 俺がレーダーを覗き込むと、ビッグスは、しどろもどろな口調で答えた。

「 いや、あの… もう消えちゃったかな~? なんちって… 」

「 …… 」


 ホントに、巨大な船影が現れとる……!


 レーダーを見たビッグスは、驚いた表情をしつつ、言った。

「 な、なんですか、コレ? ホントに… 」

「 どうも軍艦だな…… しかも、1隻や2隻じゃないぞ…! 艦隊だ 」

 俺は、レーダーのキーボードを操作し、識別信号を発信した。 モニターには、ブルーの解析信号がキャッチされている。

「 皇帝軍か。 それにしてもデカイ…! 戦略空母や、戦艦を含む艦隊のようだな。 後方、3万宇宙キロから、約95宇宙ノットで接近中… か 」

 M―46戦域での戦闘は、終結しているはずだ。 とすれば、他の戦域から帰還途中の艦隊か……?

 ビッグスが、不安げな顔で言った。

「 どうしましょぉ~…! キャプテ~ン… 」

「 泣きそうな声、出してんじゃねえよ。 何もしてないんだから、知らん顔しておけ。 やり過ごすんだ 」

 積荷である精製プラストン429の輸送は、皇帝軍の中でもシークレットミッションにあたる。 ベガの荷役センターを通じて、親衛隊情報局のルーゲンス(*前編参照)から依頼された仕事だ。 何を運んでいるのかは、知られてはならない。 ここは、大人しくしていた方が良さそうである。

「 ビッグス、取り舵12度だ。 艦隊に道を譲れ。 こんなボロ輸送船、連中からして見れば、遺棄された艦船の残骸にしか見えん。 オマケに、超低速航行だしな 」

「 了解! 」

 ゆっくりと進路を譲る、トラスト号。

 艦隊は、俺のトラスト号に気付いたらしい。 レーダー脇にあるチェッカーランプが点滅している。 識別コードを送って来ているのだ。

「 コッチの存在に、気付いたぞ? 警戒シフトは完璧だな。 誰かさんの見張りとは、エライ違いだ 」

「 寝てませんって 」

「 いい加減、認めろ 」

 レーダー上で、トラスト号と艦隊のフリップが一緒になった。

 ブリッジの窓から外を眺めると、空母を中心とした戦略艦隊と思しき軍団の全容が見て取れた。


 複数の戦艦・重巡を始め、巡洋艦・駆逐艦…… 航空戦艦や、無数の高角砲を配備した高速防護艦もいるようだ。 攻撃艦隊だけではなく、護衛艦隊をも従えた立派な艦隊である。

 艦隊の中央辺りに、大型の空母が見える。 艦橋には、赤いペイントのラインがあり、どうやら、この空母が艦隊の旗艦らしい。 左右の脇には、防空哨戒艦を伴った中型クラスの空母も見える。 この布陣の規模から推察するに、おそらく、長距離爆撃機・艦上攻撃機を含む、師団規模の戦術航空隊も有している事だろう。 小さな銀河の一国とだったら、充分にやりあえる規模の艦隊である。


「 どこの艦隊だ? 空母は、最近の就航らしいな。 記憶に無いヤツだ 」

 ブリッジの窓から眺めながら、俺はタバコに火を付けた。

 空母・戦艦を、軽巡などの護衛艦が取り巻き、駆逐艦が先鋒を務めている。 その前衛には、3次元レーダーを備えた哨戒艇が2隻… 艦隊巡航の典型的な隊形だ。 指揮官は、艦隊指揮に長けている者のようだ。

 床のハッチを押し開け、金髪の男が顔を出した。

「 キ、キャプテン! ててて、て、敵襲っスかっ? 」

 違うわ、アホウ。 敵襲だったら、のんびりとタバコなんぞ吸っとらんわ。

「 ニック、お前は非番だろ? 部屋で寝てろ。 皇帝軍に、道を譲ってるんだ 」

 

 …だが、考えてみると変だ…


 こうして、船影が目視出来ると言う事は、速度を落としていると言う事である。

 こちらに用事があるのか……?

 だとしたら、連絡艇が来るはず。 艦隊全体が停止するのは、通常では考えられない。 何だか、ヘンだぞ……?

 やがて、キャプテンシートのブザーが鳴り、通信士のカルバートの声が聞こえて来た。

『 キャプテン、お隣の艦隊司令から無線連絡が入ってます。 そちらにマイクを切り替えます 』


 は…? 艦隊司令から?


 一体、どういう事だ?

 まさか、こんなボロ船に、そんなエライ様が、茶を飲みに来るとは思えないが……?

 俺はキャプテンシートに座り、マイクのスイッチパネルをオンにして言った。

「 こちら、トラスト号船長のグランフォードだ。 何事か? 」

『 グランフォード殿、ご無沙汰ですな。 バウアーです 』

 聞き覚えのある声。

 元、第1連合艦隊 第2艦隊指揮官だったバウアー大佐だ。 …いや、今は、剥奪降級されていた階級の復権がなされ、少将か。 バルゼー元帥との一件では、随分と世話になった。(*前編参照)

「 バウアーか? いやあ~、ドコの艦隊の検閲を受けるのかと思ったよ。 元気そうじゃないか 」

 とりあえず、ホッとしたぜ…! バウアーなら、顔見知りだ。 しかも、バルゼー元帥との一件で『 戦友 』にもなった仲だ。

『 お陰さまで。 どちらまで行かれるのですか? 』

「 メンフィスだ 」

『 それは好都合ですな。 我々も同じです。 どうです? トラスト号ごと、こちらに来られませんか? 』

 浮きドックか…

 こりゃ、有難い。 係留式の浮きドックなら、積荷の心配をする必要がない。 トラスト号ごと、艦隊は好きな速度で移動出来る。 しかし… フリゲート級の大型輸送貨物船を、丸ごと納められるドックを保有していると言うのか、あの空母は。 恐れ入ったぜ……!

 バウアーがいるであろう艦橋付近を眺めながら、俺は答えた。

「 積もる話も、ありそうだね。 ご招待を受けるとするかな 」

『 数々の武勇伝を持つトラスト号を、英雄キャプテンGと共にエスコート出来るとは光栄ですな。 しばらくお待ち下さい。 今、誘導致します 』


 空母や戦艦の艦橋で、小さく点滅する幾つもの光……

 俺は、瞬く星のような光のオブジェを、しばし眺めていた。

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