491話 有頂天動その11
「バカ正直なんですから。そこまで腹を割って、怖気づいて来なかったらどうするんです」
「それならそれで構わないかな、って。俺の我儘でやることだ」
それに付き合う気満々の私も馬鹿ってことになってしまうではないか、とヒウィラは嘆息する。確かにユヴォーシュにバカになっている自覚はあれど、それはさておき。
「勝算がないと思いながら喧嘩を売るなんて、変わった趣味ですね」
「仰る通りで」
そもそも、
「勝てないと思っているのはきっと貴方だけですけれど」
「え?」
もう幾度見たか分からないとぼけ顔。数える気も起きない、だってこれからも何度でも見られるって、
「信じてますから。ユヴォーシュのこと」
「──────ッ」
きっと勝てる、きっとどうにかなる、私には、というか自分自身でさえ思いもよらないような無茶を仕出かして全部ひっくり返すに決まっているのだ。ある意味では諦めの境地でもあり、そしてそれ以上に心の底から信頼している。
「そうじゃなかったらノコノコと
一息にまくしたてる。ユヴォーシュはぽかんとした顔───まさかそんなことを言われると思っていなかったという感情だけが表れた実に自然体の表情でこれも良い───をしたあと、「ぷっ」と吹き出した。
「っははははは、酷くないか、俺のこと何だと思ってんだよ。信頼されてんのか何なのか分かんないぜ、そんなん」
「褒めてるんですよ」
そうやって、貴方は私を連れ出してくれたから。私を自由にしてくれた貴方だから、きっとこの《人界》も救えると信じている。
その後も一しきり笑って、笑い続けてスッキリしたのか、彼は片手に提げていたそれを振りながら、
「じゃあ精一杯頑張れるように、今日も今日とて日課に勤しもうじゃないか」
「えー……。前日ですよ、ゆっくりしたいです」
「そんなこと言って鈍っちまったらどうするんだ。できることは全部やっておこうぜ」
「はいはい」
飽き飽きだと全身で示しながら、何だかんだと携えていたロングソードを構える。前線都市で購入して以来、負傷している時でもない限りずっと続けてきた剣の鍛錬を、それが最後の機会になるかもしれないなどとは露ほども考えず、彼女は始めた。
───ずっと鍛えていたから。
ユヴォーシュとの旅の間も、欠かさず戦う術を磨いていたから、こうして今のヒウィラがある。
流されるままに生きてきた点、似ているかもしれないと思ったとしても、だからこそ負けたくない、負けられないという強い決意。それが《信業》によって彼女の血潮と共に巡り、疾風の如くに衝き動かす。
魔剣でも聖剣でも何でもないただの剣が、《醒酔》のナヨラをばっさり斬り裂いた。
「───ああ」
これは無理だな、と彼女は悟ってしまう。醒めた頭は熱に浮かされることもなく冷静に、自分の敗北を認めてしまった。
倒れるナヨラ、広がる鮮血。ヒウィラはそれを見届けると、一言も発することなく踵を返した。おそらく《大いなる輪》のもとへ駆けて行ったのだろう。今更行ったってどうしようもない、もう新しい世界は芽吹いてしまった。止められることもないからこんなに頑張る意味もなかったな、と倒れてから思う。
……浮かれて、いたのかもしれない。
《人界》を導く神聖騎士筆頭、《燈火》のディレヒト。彼の傍らで戦えるという事態に、有頂天になっていたのだろうか。それで負けてしまえば世話はないし、会わせる顔もない。いっそこのまま果ててしまえば、覚めぬ微睡みに落ちていけたら、どれほど楽なのだろうか───そうボンヤリと考えながら、ナヨラ・ユークリーは意識を失った。
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