490話 有頂天動その10
ヒウィラの手に、いつの間に、長剣が。
ナヨラの思考が白に染まる。ほんの刹那の前にはなかった、どういうこと、《信業》で造ったのか、それにしては神聖騎士たちが使う光剣とは違う、実体を有する剣だ、それがなぜ、どういう手段で。
考えてしまう。素面の頭が、回る、回る、まだ回る。
考えたって、彼女に分かるわけはないのに。
この剣は前線都市ディゴール在住の半人半妖、ジニア・メーコピィの手によるもの。
突如としてその手中に現れたように見えたのは、《妖圏》からこっち、隠蔽を半定着状態にさせて隠し通していたから。
それを十全に振るえるのは、振るえるのは───
「おはようございます、ユヴォーシュ」
「ああ、起きたのか。おはよう、ヒウィラ」
信庁カチ込みの前日、ゆっくりできる最後の朝。聖都郊外の宿の戸から顔を見せたヒウィラは、ユヴォーシュがいつもの日課に励んでいるのを見て「やれやれ」と言いたげな顔を見せた。
「ゆっくりすればいいのに。明日が山場でしょう」
「……じっとしてらんなくてな。身体動かしてればアレコレ考えないで済むから」
困ったように微笑む彼に、ああ、参った、これが惚れた弱みというやつかと彼女は痛感する。もとから強く咎める気はなかったが、それにしたってそんな顔をされると幸せになってしまう。……いいや、これも正しくはない。彼女の愛慕はもう、ユヴォーシュが何をしていても構わない域に達している。
彼がいる。そこに居て、健やかに在って、笑いかけてくれるなら最早文句はない。その上、彼もヒウィラのことを好いていると、彼自身の口から聞けたのだ。これ以上を望むのは罰当たりではないかとすら思えてくる。
昨夜、一人で《鎖》のメール=ブラウと接触を持ったのも、まあ、不問にしてあげることにした。あまり危ないことをしないで欲しいというのが正直な気持ちだけれど、無事に帰ってきてくれたから。
こんな自分、以前は想像すらしていなかった。《人界》と《魔界》の間、不安定《経》の狭間で生まれ、姫の影武者として養育され、大魔王マイゼスへの刺客として差し向けられることが決まったあの日、自分は異郷の地で果てるのだと覚悟を決めた。紆余曲折あって《魔界》アディケードの土を再び踏むことがなさそうなのは同じだけれど、居場所は全然別の所になっている。そして何より驚きなのは───ここに居たい、そう思っている自分が居るということ。
ユヴォーシュが生まれ育った地、彼が愛した故郷。そう思えばこそ、口で言うよりも深く、彼女にも《人界》への思い入れというものは芽生えていた。そんなキャラでもないと自覚しているから大っぴらに言うつもりはないが、このまま《人界》が生まれ変わるのを手をこまねいてみているくらいなら、一人でも行って阻止してやろうというくらいの気概はある。
まあ、傍らの彼が
何はともあれ、全てはあと一日。
「明日の今ごろには、すべての決着がついているでしょうね」
「そうだな。……多分、あっちの勝ちで」
「まだ言っているんですか、それ。……メール=ブラウにも?」
「言ったよ」
肩をすくめる。全く、この人はもう。
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