473話 界繋解決その3

 そうして神聖騎士になったものだから、彼は取り返しなど付かなかった。もとより取り返すような形などない、というかこれが彼のあるべき形なのだから取り返しようもない。


 彼は彼の在り方を果たす。思うまま働き、思うまま悪だくみした。質が悪いことに彼は並の神聖騎士の器ですらなく、より格上だから手が付けられない。彼はすぐに聖究騎士に任ぜられてしまった。それは更に強大な力を与えられるとともに、《人界》の成り立ちと構造について大まかな情報を詰め込まれてしまうということ。それが彼の孤立を決定的なものとしてしまったのだ。


 ───聖究騎士とは。どうせ小神になるのは《大いなる輪》が廻る、もう数百年後の小神相当者たち。今の代の聖究騎士たちが何をしようと、どうしようと、死ねば粛々と次に引き継がれ、その時を待つばかり。


 前線都市トトママガン上空でのロジェスおよびユヴォーシュとの交戦、あるいは聖都イムマリヤでのニーオの叛乱の際の暗躍、あれらは彼の行動のほんの一部に過ぎない。彼の余罪は他にもあって、彼自身もすべてを把握できていないほどだ。どれほど上手く立ち回ったとしても、どれほど鈍い神聖騎士でも、やがてメール=ブラウという男の本質を知ってしまうこととなる。


 どうせアイツは何か企んでいるんだ。きっとまた、ここぞという場面で邪魔をしてくるに違いない。厄介者め、どうしてあれで聖究騎士のままなのか。


 ───別に、なりたくてなった訳じゃない。聖究騎士にも、神聖騎士にも、そもそも《信業遣い》にだって。


 できるからやる、望まれたからそうある。メール=ブラウの根底にあるのはいつだって期待された通りに演じてみせるクソ真面目さで、そこから逃れようという意識がまずもって生まれない。だから刺々しい意識を向けられても、結局のところ死ぬまでこのままなのだろうと、彼は聖都に来てからこっち、ずっとはかりしれない諦観を抱えて生きていた。


 ───世界がひっくり返る瞬間は、もうすぐそこだ。


 いつか、《角妖》の使者と語らった時の言葉。交わされた直後は半ば本心から期待し、半ばは“どうせ”と思いつつも、実のところほとんど忘れていた会話だった。


「───なんだ、白状するとさ」


「……ああ?」


 ユヴォーシュの言葉を聞き逃して、メール=ブラウは征討軍部隊長アレヤ・フィーパシェックの肉体で怪訝な声を上げた。そうだ、彼女の精神を鎖で縛り上げ、尖兵と成さしめんとしていたところに彼が接触を図ってきたのだ。信庁と敵対関係にあるにも可関わらず、あまりにも大胆不敵な行動に驚いてつい応答してしまったが、そんな状況でぼけっと隙を見せるほど《鎖》のメール=ブラウは腑抜けてしまったのだろうか。


 聞いていなかったのをなるべく隠しながら、メール=ブラウは「テメェ今なんつった」と、もう一度言うよう誘導する。うまく凄んでいるように見せかけられたのか、ユヴォーシュは苦笑を滲ませながら、


「だから、実のところ勝算はないんだ───そう言ったんだよ」


「───テメェ今なんつった……?」


「……さては聞いてなかったな? 一回目」

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