472話 界繋解決その2

 ───メール=ブラウ・フォシェムの生まれはさして名も知られていないような港湾の都市だ。


 人口からギリギリ都市付きの神聖騎士がいないくらいのその街で、平凡な家庭に生まれ育った彼の、《信業》への目覚めはわりあい早い方だった。鎖という物品、『繋ぐ』あるいは『縛る』概念と親しんだのは、港湾生まれ故の船舶に対する距離の近さが関係しているのかと自己分析してみたこともあったが、まあ、そこは別に深く掘り下げることでもないとそれ以上考えることはしなかった。


 半成人の前後に既に《信業遣い》となっていた彼は、その力の行使にさして躊躇うことはなかった。それはあって当然のもの、使って当然のもの。自分にできることなのだから使わない方が不自然で、能力を十全に果たさないのは不義理だった。


 小さな都市であったことも災いした。住民たちは《信業遣い》を噂話でしか知らず、目醒めるものが出たら信庁に報告するという決まりもよく知らなかった。日々の暮らしだって楽じゃない、こんな便利な子がすごい力で働いてくれるなんてきっとヤヌルヴィス=ラーミラトリーの思し召しだろう、ありがたやありがたや。


 もちろん、そんな素朴に済むはずもない。


 大勢は彼を便利に扱った。そしてその裏で、彼の力に頼るしかないという状況に徐々に倦んでいった。彼が有用であればあるほど、生活基盤を握られていくことに僅かな恐怖と、より僅かな嫌悪感を抱いていった。


 へッ、ありがてえこって。今日という日が何事もなく過ごせるのもメール=ブラウさまさまのお陰でさぁ、いなかったらどうなることやら。ホント、感謝してるからさ。


 そんな言葉の数々に、いったい何の意味が、価値があろうか。


 対等な相手なんていない。住民たちとメール=ブラウの立ち位置は隔絶している。それが上に見ているのか下に置いているのか、ついぞメール=ブラウ本人には分からなかったが、ことだけは間違いなかった。


 最初はただシンプルな、手助けしたいという気持ちから始まったはずだ。そんな昔のことなど覚えていないし、思い出す気もないが、多分そうだったのだろう。求められるがまま働いて、素直に単純に奉公して。そうあるはずだ、そうあってくれと望まれたカタチになっていって、とくにキッカケもなく、いつの間にか彼の根底は形作られていった。


 ───即ち。果てしなく有用で、恐ろしく悪辣な者。奉仕しながら跳梁する者。上から助け、下から引きずりおろす者。


 つまるところクソ真面目だったのだろう。役割を押し付けられてそれに従うことしか考えなかったのだ。言いようによっては流されるままに自己を形成し終わってしまったあとに、信庁が彼という《信業遣い》を見出した。当然それまでの生活が続くはずもなく、都市住民たちの声など完膚なきまでに無視されて、メール=ブラウは聖都へと連れていかれることとなる。それきり帰省したこともないが、風の噂ではメール=ブラウが神聖騎士になった数年後には彼の故郷はらしい。インフラをメール=ブラウに頼り切りになって、骨抜きにされていたところから骨を抜いたのだからそうもなろうというもの。住民たちが散り散りになったのか、それともあっという間にそこで果てたのか、知る由もないし知りたいとも思わなかった。

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