474話 界繋解決その4

 ユヴォーシュの顔には『やれやれ』と書いてある。殴りたくなる顔だ。


 いいか、今度はちゃんと聞いておけよ、と言いながら足を組むさまは、酒場で小難しい議論を始めようとする酔客みたいなくつろぎ方。とても、以前に二度、剣を交えた相手への態度とは思えない。警戒するに値しないやつと見做している───とは考えにくい。


 ひとまず態度は置いておいて、今は会話に集中する。


 ……この時点で、メール=ブラウはすっかり『敵であるユヴォーシュを排除する』という意識を失念していることを自覚していない。


「このままだと、信庁は《大いなる輪》を廻して劫を進めちまう。そうなればこの《人界》、今を生きている人々は全滅だ。俺はそれを止めたい───ってところまでは、説明いるか?」


「いいや。俺を誰だと思っている、聖究騎士メール=ブラウだぞ。《人界》の構造なぞときから熟知している」


「だよな、話が早くて何より。んで、そのために俺たちは祭具《大いなる輪》を強奪してやろうと思ってんだが」


「……ちょっとかっぱらってこよう、って代物じゃないのは理解してるよな?」


「してるよ」


「本当に?」


「してるってば。いいから話を進めるぞ、強奪できたとして」


 ───そんなことはあってはならないことだ。信庁は総力を上げて奪取を阻止するだろうし、万一奪取されてしまえば何が何でも奪還しようとするに決まっている。聖究騎士、神聖騎士、征討軍にお抱えの魔術師たち。あまねく《人界》そのものがユヴォーシュたちを囲い込むことだろう。


「……逃げられるはずはない。お前らが何人いようと、《人界》のすべてを敵に回して。いつかは追い詰められるし、そうなれば結局《輪》は廻る。燃料たる想念が尽きるまでなんて、とても無理だ」


「だろうな。だから勝算はないって言ったんだ。あ、ちなみに俺たちはいまんとこ三人だけな」


「───やっぱり、まず強奪自体が不可能だな」


「うるせえ」


 会話が途切れる。メール=ブラウは茶でも出せばよかったと後悔した。アレヤの肉体を使っているとはいえ、憑依とかではなく遠隔操作だから、彼女の口が乾いてもメール=ブラウには影響はない。とはいえ手持無沙汰なときにカップの一杯もあれば間を繋ぐことができたろうに。ユヴォーシュだって舌を湿らせたいはずだ。


「……じゃあ、何で来たんだ」


 勝ち目などないのに。やってくる理由もないのに。聖都に来た理由も、そこからわざわざアレヤの家にメール=ブラウを訪ねて来た理由も、何一つ分からない。


「お前は一体何がしたいんだ。ユヴォーシュ・ウクルメンシル」


「……お前と同じだよ、メール=ブラウ」


 らしくもなくシニカルな笑みを浮かべ、ユヴォーシュはようやく本題に入ることにしたようだった。

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