464話 機神解体その5

「馬鹿め」


 声は、首筋に熱いものを感じてから聞こえてきた。


 ガムラスを引き上げようと力を込めたはずの四肢が、急にがっくりと折れてしまっている。メール=ブラウは勢いのあまりひっくり返って、坂道を転げて落下、コクピット球に強かに体を打ち付けた。その衝撃で、頸動脈から再び鮮血が溢れる。


「っが、はっ」


 《契約》のンバスク。彼の得意な戦い方は奇襲だ。《神血励起》によって地面や壁面に潜り隠れることは出来ずとも、もとより隠れ身には長けている。ガムラスの引き上げに意識が集まっていたメール=ブラウの裏をかくなど、彼には容易いことだった。


 首の創傷は深かった。メール=ブラウとて傷を癒す《信業》くらいは会得しているが、それにも限度はある。そしてこの傷はその限界の外側にあるものだった。


 治すことは能わず。落下の衝撃でどうやら脊椎も損傷して、このまま、すぐに失血死というつまらない結末を迎えることだろう。


 ンバスクも機神ミオトを止めに来ていて、そのためにガムラスをあの座席から引っぺがすであろうことは救いかも知れなかった。ここでメール=ブラウが死んでも、機神ミオトの脅威は排除される。ユヴォーシュの注文、戦いから余計な茶々を取り除くことはかなりの部分、達成できたと見て文句はあるまい。


 どうせあいつは悲しみやしない。以前ちょっと言葉を交わしていて、こうして捨て駒にしても良心が痛まないような輩と見たから口車に乗せたくらいの感覚だろう。思えばそんなやつにここまでしてやって、挙句の果てに命を落とすなどンバスクの言う通りだ。馬鹿以外の何者でもない。


 メール=ブラウは後悔する。こんな終わり、こんな結末を迎えると知っていたならユヴォーシュに協力などせず売り払ってやれば良かった、と。


 藻掻きながら絶命していくかつての同僚を温度の宿らない目で見降ろして、それが完全に動きを止めるまでンバスクは待った。


 待ってから下へ降り、ガムラスの惨状を一瞥して眉を顰め、それだけ。特に感想を述べるでもなく、淡々と仕事を果たすことにした。何せ厄介なこと続きの仕事だったし、まだやるべきことは残っている。簡潔に済ませるのがいいだろう。


 長剣を心臓へプレゼント。


 真っすぐに一突き、心臓を破壊して返す刀で頭を輪切りにする。ここまで完膚なきまでに破壊すれば機神ミオトとて彼の生命を維持できようはずもない。それはこの、触媒を破壊された怒りに打ち震える躯体からも推し量れる。


 これにて仕事は完了。


 もうこの場には用はない。ンバスクは最後に一度だけメール=ブラウを見やると、踵を返して搭乗回廊を引き返す。

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