462話 機神解体その3

 舌打ちとともにンバスクが免疫機構と交戦を始めたころ、実のところ、《鎖》のメール=ブラウは彼を追いかけてはいなかった。


 かといって機神の外、聖都イムマリヤで神聖騎士たちに足止めを食っていたわけでもない。


 彼は彼で、ンバスクを追いかけているつもりで機神ミオトの内部へと突入し、別の入口から別の搭乗回廊を馳せて、すでにンバスクを追い抜いていたのだ。


 彼が一足先に辿り着いたのは、機神ミオトにとって最重要と言える機関の一つ。


 ───コクピットである。


「これが……そうか」


 機神ミオトの躯体内に幾本も張り巡らされた搭乗回廊、その果ては下り坂になっている。途中で途切れたその道の下に見える球体。あの中にガムラス・ガグス・ギルフォルトが搭乗しているはず。


 メール=ブラウは、彼を引きずり降ろそうとは考えていない。


 むしろ彼を通じて機神ミオトを操ることはできないかと、そういう方向に思考を働かせていた。


 不可能ではないだろう。むろん容易い話ではなく、少なくともガムラスも神聖騎士であるからアレヤ・フィーパシェックらのように精神縛鎖で意思を封じ込めて人形に仕立て上げることは叶わなくても、それなら力づくで言うことを聞かせればいい。こんな機神の躯体の奥底に引きこもって操縦に専念しているやつが、バリバリに戦ってきたメール=ブラウに敵うとは思えない。ここまで入り込まれてしまった時点で運のつき、制圧して命と引き換えに機神ミオトを意のままに操ってやればいい。


 ひとりほくそ笑んでコクピットと思しき球体まで跳び下りる。無数の管がそこへ集まり繋がっているさまは、まるで何かの巣とその中心に鎮座する卵のようだ。外殻は未知の材質でとても力づくで破れそうにないが、出入りするための扉はすぐに発見できた。文字もまた未知のそれで、メール=ブラウはしばし悪戦苦闘したのち、なんとか扉を開けることに成功した。


 ぷしゅーっ、と煙を吹き出して球体が開く。ガムラスが襲い掛かってきても返り討ちにできるように腰を落として、身構えたメール=ブラウはしかし肩透かしを食らうことになった。……いつまで待っても出てくる気配がない。


 もうもうと立ち込める煙をかき分けて球体に踏み入る。中央にはどうやら座席があるらしく、背もたれの側から近付いたメール=ブラウはそこに座っているに愕然と目を見開いた。


「何ッ……だ、こ、れ」


 煙が晴れたそこにのは、かつてガムラス・ガグス・ギルフォルトであったであろう。座席に着いた人間というよりは、椅子に取り込まれた生っぽい細木といった様相を呈している。


 手足は痩せ細って枝のよう、これでは立ち上がることなど夢のまた夢だろう。顔は容貌が窺えないほどに管、管、管で埋め尽くされている。目には重たいなにがしかの機械ヘッドマウントディスプレイ、鼻と口には挿管された大小さまざまな管。耳も覆われているからメール=ブラウの声は届くまい。


 そしてそんな有様でありながら、驚くべきことにソレはまだ生存していた。規則正しく胸郭が膨らみ、凹み、また膨らみを繰り返しているだけの有機体を、果たして生きていると定義できるとすれば、だが。


「マジか、ミオト、マジか……!」

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