450話 想念奔流その5

「よくここが分かったな」


「ユヴォーシュが来ている。ならばお前が居ないことはありえないし、それを見越してお前の居そうな場所に監視を置いていたからな」


 そういえばシナンシスは旧友であると同時に、この劫に於ける神の一柱ひとりだったなと思い出して苦笑する。民衆はユヴォーシュたちを恐れて表を見はしないだろうと高を括っていたが、神直々に命じられた見張りならばそうもいかない。


 慎重を期して屋内でやるべきだったか。いいやこの男カストラスは、口ではこんなことを言いながら実のところもっと早く勘付いていたかもしれない、そういう男だ。聖都入りした時点でこちらの動きを掴んでいたかもしれない。それより何より、今考えるべきはそれじゃない───


「君はここに何をしに来たんだ。私の妨害か?」


 それにしては神聖騎士の一人も連れていないことが違和感だ。緊迫感を孕んで対峙しても、所詮は不死身だけがウリの一介の魔術師に過ぎないカストラスと、権力はあっても戦力としては計上できなくなってしまった義体のシナンシスだけでは、どうやったって信庁本殿の方で繰り広げられている死闘からは一枚も二枚も役者は格下だ。今更になって一対一で決着をつけたいというセンチメンタリズムをシナンシスが抱くのもおかしい───彼はニーオに殺されることにのみ執着していたはずだから。


 分からない、目的が読めない。魔術師としてはそれが一番困る。何でもいいからとにかく制圧してしまおうという考えに走れないから、出方を窺わざるを得ない。ただでさえ魔術には準備の一手番がかかるのに、さらにこちらが後手ではこれはもう降参したくなるような最悪の状況と言えよう。


「そう警戒するな、別に敵対しようってんじゃない。《大いなる輪》の位置は教えてやれんが、それ以外のところでいがみ合う間柄でもないだろう」


「……そうかな。生憎とこちらは、恨まれる理由がいくつか思い浮かぶものでね」


「そうか? ……まあ、恨むヤツもいるかもな。ある意味じゃあ、そのために出向いたようなものだ」


「何だと?」


 意味深に言葉を切って、シナンシスは白む空を見上げる。そこに聳える威容を見やる。───機神ミオトと呼ばれる鋼の城を、見る。


 ───前の劫にて、君臨する悪なる九聖卿を討ったハシェントとその仲間たちは、自らこそが神の正統な契約者であると、自らも九聖卿を名乗っていった。そうやって悪の九柱すべてを討って、《大いなる輪》を奪還し《人界》を廻した彼ら九聖卿の中には、ミオトという名は記録されていない。土壇場でカストラスが九聖卿から降りたものの、その座をミオトが継いでいたという事実もないのだ。


 ならば彼は何者なのか。



 彼は言わばであった青年でしかなく。


 カストラスが九聖卿を辞した跡を継ぐ前に《輪》が廻ってしまったが故に、がその真実。本来ならば小神になれる格ではなく、だからああして狂している。


 彼の我儘がもたらした結果と知って、カストラスの顔が未だかつてないほど激しく、歪んだ。

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