449話 想念奔流その4

「そこで私の出番になるわけだ」


 元・聖究騎士九聖卿にして不死者の魔術師、カストラスはそう言って胸を叩いてみせた。


 ユヴォーシュとヒウィラは仲良く揃って胡散臭げな視線を向けてきたが、それは置いておいて。




 現在、聖都イムマリヤ。


 ユヴォーシュとヒウィラ、それと期せずして共闘に持ち込めたメール=ブラウの暴れっぷりで、此処は大混乱に陥っている。ニーオの叛乱のときに輪をかけて酷いのは、その時からの積み重ねがあるからこそ。上を下にのてんやわんやの中で、あの《信業遣いむほうもの》たちをどうにかしてくれという神への祈り、想念のうねりは最大限活用される。


 《大いなる輪》を廻すための燃料として、集められる。


 そこに祭具は存在する。


 カストラスは「ゆっくりやらせたらダメだ」と説いた。ゆっくりさせれば想念から祭具の位置を割り出すのは土壇場まで不可能になる。そうなれば間に合わない。大騒ぎを巻き起こして、慌ただしく儀式に取り掛からせなければ攻める側の彼らの勝機はない。


 混沌の中にこそ活路は見いだせる。


 ユヴォーシュとヒウィラが正面から殴り込みをかけたのはそれが理由だ。信庁本殿に真っすぐ突入して一悶着を起こせば、必ず《人界》のうねりは加速する。祭具はそれを排水口のように吸い寄せ、一流の魔術師であればそれを捉えることだって可能のはずだ。


 そう、あくまでこれは希望的観測。いくら前の劫を覚えているカストラスとて経験したことのない試みである。それもそのはず、当時の《人界》の終わりに際して、彼は全く別のことにかかりきりになっていたのだから。


 ───彼らの劫の末期、《人界》は完全に破綻していた。崩壊していた。中央集権の信庁など百年も前に形骸化し、各地は強大な九聖卿に支配されていた。そのさまはほとんど《魔界》の魔王たちによる群雄割拠と同じであり、その乱世に平穏を齎すべく立ち上がったのがハシェントという名の女性だった。


 彼女は現在では、竈を───ひいては穏やかな日常を司る小神として祀られている。他の小神たちも、もともとは彼女と志を同じくした同類なのだ。


 ハシェントの最初の友、彼女が旅立つきっかけとなったアルジェスとシナンシス。


 一握りの強者にのみすべてが許される不均衡を正すべく仲間に加わったバルムァル。


 彼女と共にあれば戦いには事欠かないと踏んだ戦闘狂のコロージェ。


 話のタネには事欠かないといつの間にか居ついていた楽師、グランゴランツ。


 ひとときは敵対関係にあったものの、最終的に轡を並べたテグメリア。


 徐々に人数を増す一行に、教育を施すべく加わったメルトール。


 そして、動乱の世で魔術という酔狂にその身を捧げていた、カストラス。


 ……皆の顔はもう記憶の彼方でぼやけてしまっているけれど、思い出せる。あの過酷ながらも楽しかった旅の日々は、彼らと過ごした濃密な時間は、心の一番深いところに刻まれている。


「……私は何番目だったかな。結局、加わったのは」


「さあな。五番目だったか、六番目だったか」


 街中、民家の屋根の上に座り込んで堂々と魔法陣を描いていたカストラス。背後に投げかけられた言葉に応じるは、旧知の間柄シナンシスだった。

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