448話 想念奔流その3

 花びらに成さしめる多幸感の発露と、高揚感をぎゅっと圧縮して放つ爆破をメインウェポンに使い分けるヒウィラの戦いは、聖都のあちこちで同時に起きている戦闘の中でも一際衆目を惹く。それは決していい意味ではなく、集まるのは畏怖の想念。


 聖都に暮らす民衆からすれば、《信業遣い》など一括りにである。その力で守ってくださるけれど、逆らえばどうなるか知れたものではない、《人界》を統べる偉い偉い騎士様。あるいは、悪逆非道の限りを尽くす、忌むべき魔族の中でもとりわけ強大な輩。


 関わり合いになりたくない、というのが正直なところだ。


 理解できない。彼らがどういう理屈で世界を変えているのか、それによって自分たちがどうなるのか、何一つとて道理にそぐわないのだ。だから恐ろしくなる、だから遠ざける。あっちへ行ってくれとこいねがう。


 排斥しようという人族の総体の意思が一極に集約される。


 想念はうねり、絡まり、乱れて爆ぜる。


 皮肉なことに、《大いなる輪》の輪転を止めるべく突撃したユヴォーシュとヒウィラの巻き起こした騒動が原因で、その輪転のための燃料の蓄積はむしろ加速しているのだ。


 そしてそれは、実のところ、彼らの───正確には彼らと協力関係にある魔術師の───計画通りだった。




 まだ彼らが、前線都市ディゴールに密かに作られた隠れ家に居た時の会話。


「突入に当たっての最大の問題は?」


「信庁全部が敵に回る」


「それはもちろんそうだが、どうにかしてもらうしかない。最大の問題は信庁の内情を知るものがここに一人もいないということだ」


「そうすると何が困るんだ?」


「そうするとね、誰もどこに《大いなる輪》があるか知らないんだよ」


「……あー」


「《信業遣い》を相手に回して満足に戦えるのはユヴォーシュとヒウィラだけ、その状況でのんびり信庁本殿じゅうを探すには《大いなる輪》は。ユヴォーシュなら走査できるかもしれないが───それだって敵対的な《信業遣い》がいるところじゃ妨害される可能性の方が高いだろう?」


「確かに。ディゴールここでも幾度かあったことですね」


「そうなんだよなあ……」


 ユヴォーシュはそこで渋い顔をしてみせた。詳しく聞けば、彼の《信業》───《光背》は防ぐ対象を選り分けるために光そのものに知覚が付与されている。防御性能をギリギリまで落とすことで走査範囲を広げて、光に触れるものを一瞬で認識できるその索敵性能は高いが───万能ではない。欠点はこれまでの戦いから見えている。


 一つ、使っている間は物理的防御障壁たる《光背》も、精神的行動阻害たる《火焔光背》も使えない。当然だ、《光背》を使っている間に別の条件で《光背》は使えない。


 そしてもう一つ、当の本人が今まさに白状したように、多少なり《信業》の心得があれば走査用の《光背》を堰き止めることができてしまう、という点だ。


 《光背》は光の性質に近いものが与えられているが、必ずしも自然光と同一ではない。全体が球状に広がる制約もその一つで、という難点があるのだ。これが自然光であれば、物質に当たればその背後に影を作るだけで、他の方向へ進んだ光が影響を受けることはない。


 こればかりはユヴォーシュの認知が関わってくるので、「自然光がそういうものなんだからそういう風に変えろ」と言われてもおいそれとできるものではない。《光背》とは光に近しいものであって決して光そのものではなく、神の威光を遠ざけるものであると彼が認識している以上、全方位に均等に広がる部分は揺るがないのだ。

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