447話 想念奔流その2
石突が床板を粉砕して食い込む。
布のない旗を高跳び棒のように操って、ナヨラが一瞬でヒウィラに肉薄する。ヒウィラの多幸感にバラバラにされることなく到達した蹴りの一撃は、彼女を鞠のようにバウンドさせた。
壁を突き破って地面に跳ねて、すぐさま着地を決めてもその間までで随分と遠くまで吹き飛ばされてしまった。常人なら、いいや探窟家や冒険者であっても、神聖騎士だったとしても、聖究騎士ですら、ともすれば今の一撃で命を落としかねない。そんな蹴りを受けて、ヒウィラは口の端を切っただけみたいなリアクションを返す。ぷっと血の混じった唾を吐くと、ようやっとナヨラに気づいたみたいに彼女をじろりと
「……痛いじゃないですか」
「よかった~。痛みも感じられないくらい馬鹿になってるのかと思って慌てちゃった」
対峙するナヨラ。彼女の手にある竿は芯まで超希少鉱石であるところの神珍で造られた《真なる遺物》だ。筆頭のディレヒトが所有する祭具《列聖するもの》と比較すれば一枚落ちるが、これとて一つで都市一つと引き換えにしても惜しくないような逸品。
名を、《付和雷同なるイルキシャル》という。
一撃イイのを貰ったことで多少頭の冷えたヒウィラは、その竿の周囲に自らが生み出した花弁が付き従うように舞っているのに気づいた。あたかも旗布のように、ナヨラが回転させるのに追従している───あれはヤバい。
あの花吹雪はヒウィラの《信業》であって、おそらく同時に今やナヨラの《信業》でもあるのだろう。原理は不明だが奪われたと直観的に理解する。あれに当たれば生半可な防御では散らされる。ヒウィラ自身はそれでも何とかなるだろうと無根拠に楽観視していはいるが、それは裏を返せば『なんとかしなければマズい』という危機感に他ならない。つい先刻までのように、徹頭徹尾無視していられる相手ではないと判断したのだ。
敵として向き合うべきだと、ようやく本腰を入れたのだ。
「痛かったので、やり返します。止めてくれとは言わないでくださいね?」
「まさか~。そっちこそ縋りつく彼くんがいないけど、大丈夫~?」
二人、あはは、うふふ、と笑いさんざめく。けれど空気は張りつめたままで、それが───弾けた。
ヒウィラが高揚を爆発に変換して放ったのを、ナヨラは
ヒウィラはそれを機敏に躱し、伸び切ったところに再び多幸感の花吹雪を発生させる。隙を衝いたように見せかけたナヨラはしかし、旗を軸に回転───彼女の生み出した渦風は、舞い散る花を巻き込んで己の力となさしめる。一転してヒウィラが苦境に立たされるが、それを新たに発生させた花吹雪で相殺する。
目まぐるしく入れ替わる攻防。誰にも割り込めないそれを、キャットファイトと呼ぶには凄惨に過ぎる。
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