446話 想念奔流その1
「あはははははっ!」
馳せるヒウィラはとっくの昔に人族の偽装を剥ぎ取って、ありのままの《悪精》の姿を曝け出している。隠していようがいまいがどうせ信庁の敵として無警告で対処されるのだから、魔族として己を貫いた方が気分がいい。ただでさえ今は気分が高揚しているのだから、纏わりつくものは少ないに越したことはない。
踊り出したいくらいなのだ。
だって、ああ、だって!
あのユヴォーシュが!
この私に、姓だって不確かなヒウィラに!
名を、くれたんだから!
責任取れとか、どう思っているんだとか、度々迫ってはいてもまさかあんなはっきりとこたえるなんて夢にも思っていなかった。それくらい彼女にとってヒウィラという
「あははははははは、っ、ははははは!」
「いい加減、うるさいよ~……!」
彼女を任されたナヨラ・ユークリーは追走しながら舌打ちした。
大聖堂で分かれてからこっち幾度目か、道中に立ち塞がる神聖騎士たちが迎え撃つ。けれど通用しない。止まりはしない。彼女はまるきり何もなかったみたいにその歩みを止めないのだ。
心象の発露。それがヒウィラの《信業》である。
多くは負の感情をベースにして発動されるそれは、その場合は負の感情を抱かせた元凶に対するリアクションとして行使される。敵意を持つような相手であれば闇色の棘として危害を加え、不安を抱かせる状況から逃避するために
では、正の感情で発動すればどうなるか。
その実現例が、この状況だ。
抑えようとすら考えられない、自然と発露してしまう多幸感。世界はそれに、あっさりと塗り替えられてしまう。
「止まれ、貴様ァ───」
「嫌ですよーだ!」
ヒウィラに向けられた光剣───神聖騎士がまず始めに覚える基礎技能、破壊力を持った光の剣を作り出すか、実物の剣にそのオーラを纏わせる《信業》───は、あっさりと霧散する。
跡形もなく消えるのではない。突き出された剣、帯びた光が、剣そのものが、花吹雪に変換されて散っていく。そんなものが届いたところで魔族の彼女に傷など付こうはずもなく、得物を失った神聖騎士は慌てて後退する───その脇をヒウィラは舞うように駆けていく。
この繰り返しだ。彼女の前に立ち塞がるものは、それが攻撃であれ、壁や扉であれ、ことごとく花びらに換えられてしまう。遮るものなど何もない、悠々と走り回れるのはそういう原理だ。
このまま放置すれば彼女は信庁本殿を花びらの山に換え尽くして、最後には《大いなる輪》に辿り着いてしまう。それだけは許してはならない。
───観察はもう十分だ。ナヨラはようやく、彼女を止めるべく本格的に行動を始めた。
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