441話 最終決戦その2

 凄まじい。その一言に尽きる。


 神のを失っていない身で、《信業》だって真価を発揮できていないはずなのに、それで俺の全部を上回る。


 もうずっと昔のように思える以前、“テグメリアの花冠”亭で彼を脅迫して自由を勝ち取った日のことを思い出す。彼は勘違いをしていたが同時に正しかった。あのころの俺は彼の予想に反して《真なる異端》ではなく、しかし《暁に吼えるもの》の無自覚な化身であった。もしもあの時、彼が脅しに屈せず剣を抜いていれば聖都のただ中で惨禍が巻き起こっていたのは間違いない。俺はあっさりと首を刎ねられ、そこからあの悪獣が這い出てきて、《角妖》の国の跡地で繰り広げられたような死闘の現場は聖都こことなっていたはずだ。


 現に今、ほとんどそんな感じなのだ。


 剣と剣のぶつかり合いとは到底思えない。俺たちの一挙手一投足の余波でステンドグラスは粉砕され、柱は砕け、壁に穴が開く。普段ならば迷惑をかけるそういうことがないよう《信業》で余波消しをしているが、今は互いにそんな余裕は皆無だ。場が荒れればむしろ戦いに活かせると言わんばかりに、両者ともしっちゃかめっちゃかに暴れている。


 俺は魂を創り出す《信業》を回して、生成物を片はしからアルルイヤに喰わせている。刀身は奔流を巻き起こし、ちょっと振るうだけで柱が薙ぎ倒されていく。


 そうやって生み出された黒、束ねて巻いて渦風のように放ったそれをディレヒトは剣一本で斬り裂いて進む。鍛え上げられた武技と称賛する他ない。己の《信業》と《神血励起》、そのすべてを単純なスペックの向上につぎ込むとと戦慄すら覚える。


 小技など不要、敵が居れば駆け寄って斬れば終わりと言わんばかりの完結具合。なるほど神聖騎士筆頭、なるほど《人界》至高。いっそ彼そのものが芸術として完成しているようだがそうも言っていられない、黒のうねりを斬り拓いて進軍する彼の剣が狙うのは俺の首だ───!


 魔剣遊びは終わりにして、一合、二合、カチ合う両刃。手が痺れそうだ!


 カストラスに腕を造らせていなかったら今ので終わっていた。渾身の打ち込み、とても片手で受け止められる重さじゃない。


 魔導義肢───人の脳から発される「動かそう」という信号を拾って駆動する代替の腕。本来ならば戦闘に耐え得るものではなく、カストラス謹製のコレだって精々が非論理式《奇蹟》による身体強化についていくのがやっとだ。《信業遣い》同士の死闘に間に合うような魔導義肢はおそらくこの世のどこにも存在しないだろう。


 それがどうにかなっているカラクリは、一つ。


 なかに魂を通しているのだ。


 ───もともとの左腕は、ロジェスに斬られてしまったからもう戻らない。肉体的にも魂魄的にも、斬られたところより先は完全に喪失されてしまった。そこにカストラス製義肢を接いだとて、喪われた魂はないから本来のパフォーマンスには達するはずもない。


 けれど、ないなら、注げばいい。


 新しい俺の左腕の魂を《信業》で創ってそれを宿す。出来たてだからギクシャクするけれど、どうせ左腕なんて添え物だろうと思ってた数日前の俺を殴らせてくれ!


 左腕だけで剣を受けたら関節がギシギシ言っててめっちゃ怖い。これ何回もやってたらどれほど理想的なフォームで受け太刀しても折られるな。

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