438話 信心問答その8

「問答はもういいだろう。来ないならそれで構わないが」


「焦んなくてもやってやるさ」


 魔剣を抜く俺、聖剣を握り直すディレヒト。一触即発、次に動けば溜めていた動きが一気に爆発する空気が出来上がっていく背後で、ヒウィラがそっと俺から離れる。


「では予定通りに」


「ああ」


 突入前から決めていたことだが、俺が聖究騎士おおものと本格的に剣を交えることになったらヒウィラには別行動を取ってもらう計画だった。俺が暴れ回っている間に、ヒウィラが《輪》を廻している儀式を止めに向かい、可能なら確保して合流する。それなら途中まで一緒である必要もない、バラバラに向かった方が確実じゃないかと言われればそうなんだが、心情がそれを受け入れさせなかった。


 一緒に行けるところまでは、一緒に行きたかった。


 彼女はもう俺が守るだけの庇護対象じゃない、俺と対等な仲間だ。それでもやっぱり俺が守るという意識は働いてしまうし、そうできれば嬉しいのが本音だ。別の地点から仕掛ける方が合理的だとしても、俺はこうした方がいい、こうしたいと思ったんだからそれに素直に従うまで。


 どうせ論理的な計画じゃないんだ。ならば後顧の憂いなく好き勝手やった方が気分が上がるだろ?


「無事でいろよ。また《魁の塔》みたいなことをやるのは御免だからな」


「貴方こそ、今度は倒れていても助けに行けませんから。せいぜい負けないでください」


 二人、拳を打ち合わせる。本当はもっと、今のうちに伝えておきたい言葉は山ほどあるのに、どうしても言えない。


「ディレヒトくん、どうするの?」


「そうだな、ナヨラがあの───」


 そんな会話が聞こえてくる。ディレヒトは言葉に詰まって、『問答はいいだろう』とか自分で言っておきながら、


「ユヴォーシュ。済まないが、そちらの女性を紹介してはくれないか?」


「は?」


 あんたまで間の抜けたことを言いだすなよ。隣のナヨラに中てられたのか?


 ディレヒト自身、この期に及んでする話ではないと思っているのか、僅かなり赤面しながら、


「私は信庁を預かる者だ。それが乱暴な野盗みたいに『女をやれ』なんて命令を出しては名折れだからな。君、名は何という」


 言いたいことは漠然とは分かるが、だからってそれもどうなんだ。急に堅苦しいナンパみたいなことをするのは、それはそれで信庁の名折れなんじゃないか。


 ヒウィラもやはり呆れているようだが、女呼ばわりされるよりはマシかと思ったらしい。


「私はヒウィラと言います」


 律儀な性分だから、彼女は姓を名乗り直そうとする。そのために息継ぎをするのを横目に、俺はふと思いついたことを実行に移すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る