436話 末世未明その8

 聖都イムマリヤの中枢、信庁本殿の大聖堂。二つの《人界》が統合された世界ともなれば、すなわち《九界》においても最も重要な世界と言って過言ではない。


 《九界せかい》の中心に俺たちはいる。


 冗談みたいに広い大聖堂の内部とはいえ、俺たちならば一息に駆け抜けることは可能だ。だがそれは危険すぎる。既にメール=ブラウとンバスクが立ち塞がったのだ、この先を素通しさせてくれるなどという楽観は不可能だ。


 周囲を警戒しながら、《光背》の強度を保って、二人で並び立ちながら、一歩一歩先へと進む。


 ───静かだ。


 外からはおそらく聖究騎士どうしの死闘らしき音が聞こえてくるが、聖堂内は静謐に包まれている。幼少のころに幾度か踏み入ったことはあるが、ここはそのころから全く変わらないようだ。いつでも重苦しく、堅苦しく、息苦しい。


 俺はこの聖堂が嫌いだった。


 聖都に住む者には、新年になれば信庁本殿の大聖堂に参拝するという風習がある。決して強要されるものではないし、行っていない人がいるなんて夢にも思っていないからいちいち確認だってしない。事実俺は、ある程度の年齢になってからは一度たりとも行ったことはなく、家や学院、征討軍でそういう話題になっても適当に話を合わせていた。それで何とかなっていたのが奇跡だっただけで、もし察せられればどうなっていたか。


 ここは、俺からすれば俺が馴染めない世界の象徴そのもの。


 そして裏返せば、《人界》に生きる人々の礎なのだ。


 俺がズレている、俺が間違っている、俺が狂っていると、あちらが何もせずとも自覚させてくるような名所を、どうして好きになれるだろう。ましてや批判などしようものならば人生が終わる。


 ……終わったんだったな、一度。アレヤ部隊長に本心を吐露して、数日後にはここに連れて来られて。今にして思えば俺のそういう無信心なところは気付かれていて、確証が得られるまで泳がせていただけなのかもしれない。ともかく連行された俺はあっという間に異端認定を受けてしまって、そのままあれよれよという間に《虚空の孔》刑に処されたんだから、普通ならあそこで死んでいるだけの身だったんだ。


 魔族を伴って、魔剣を握って、《真なる異端》としてこうして大聖堂まで舞い戻るのに紆余曲折があり過ぎて、どうしてここを歩いているのか意識しなければ見失ってしまいそうだ。それくらい現実感が薄い。


 一歩一歩、響く足音。隣にいるヒウィラは何を考えているのだろう。緊張か、高揚か、恐怖か。どれを抱いていても仕方ないけれど、せめて孤独感ではあってほしくなくて、俺は義手ひだりで彼女の手を握る。お互いに生身ではなけれど、それでも一緒だって気持ちくらいは伝わっていると嬉しい。


 彼女は握り返してくれた。


 やがて聖堂の行き詰まり、奥の祭壇が見えてくる。少し前からそこにいる人物が見えていたが、キッチリ向き合うべきだと思ったから突撃も回避も選択肢に挙がらなかった。心残りは作りたくない───こんな、世界が終ろうかというタイミングで。


 ……終わらせたくない。どれほど俺が馴染めない世界でも、俺の生まれ育った世界だ。俺が生まれる前も死んだ後も当たり前に存続していくと思っていたものが、神とやらの掌の上だとしても、俺にできることがある間くらいは続いていってほしいと願うのは当然のことだろう。


 それが間違いだったとしても。世界がそれを望んでいないとしても、


「ユヴォーシュ・ウクルメンシル。何故来た」


「それでも俺が愛した《人界》を守るためだよ、ディレヒト・グラフベル」

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