435話 末世未明その7

 落ち着け、熱くなるなとンバスクは自分に言い聞かせる。先の言葉はメール=ブラウの本心かも知れないが、それはそれとしてンバスクの感情をコントロールし戦況を有利に運ぶための挑発なのは間違いない。攻撃を当ててくるタネも分からないままに突っ込めば、彼が今まで始末してきた連中と同じ末路を辿ることは分かり切っている。


「何だよ、来ないならこっちから行くぜ───」


「……その手」


 メール=ブラウの足がぎくりと止まる。彼らしくもなく実に分かりやすい反応に、案外さっきの言葉は本当に本心を吐露しただけなのかもしれないなと思いつつ、


「その手に巻いている鎖───それの仕業だな。それは僕の《神血励起》を抜けてくるんだ。だから振り回せたし、だから殴って来れた」


 一つずつ思い返してみる。、事実を積み上げなければ彼に勝てない。


「原理は分からないけれど、それが君の《神血励起》なんだろう。僕の《神血励起》を捉えられる理由はそれくらいしか思いつかない」


「…………」


 メール=ブラウは表情を殺す。何も読まれまいとしての行動だが、それをするにはわずかばかり遅かった。そうやって意識するということはここまでの認識はおおむね正しい道を進んでいるということの裏付けだ。あとの推察はまだ確証がないから、引き続き観察して確かめて───確信に至ったら、そこがメール=ブラウの最期になるだろう。


 ンバスクは剣を突き付ける。


「メール=ブラウ・フォシェム、君を信庁に対する叛逆の罪で裁く。釈明は聞かない。僕に下された命は、《大いなる輪》が廻るまでの間の警護───君はその妨げとなると判断した」


「ハ、聞いてねえんだよな。俺はテメェらからそんな話は一言だって聞いてねえ。俺に《人界》が終わるって言ってきたのは、さっきそこを通ってった馬鹿野郎だけかよ!」


「自らを省みることだ、メール=ブラウ。君が信用されないのは君の責任だと知るがいい」


「うるせえよ!」


 剣と鎖の激突が、未明の空に火花を散らす。《鎖》のメール=ブラウと、《無私》のンバスクの死闘は斯くして幕を開けた。




◇◇◇




 メール=ブラウとンバスクが本格的に激突したのと時を同じくして。


 その遥か上空───と言っていいのか怪しいが、少なくともかなりの高度にて、一つの思考が走る。


 ───敵襲アリ。


 対空砲火機構を始動、迎撃態勢に移行する。それと同時に索敵を走らせ、より詳細な敵の情報を請求リクエスト。情報を待ちつつ、迎撃態勢を監督し───


 ……そして、戻ってきた索敵請求の結果に、思考信号が爆ぜた。


 それはヒトの脳内シナプスにおける驚愕の感情とほぼ一致する。は永い年月で劣化する肉体を置き換えることでここまでを保たせてきた異形の構造体。どれだけ同一性を保とうとしても、置換には絶対に誤差が生じる。自分では真っすぐに進んでいるつもりでも、要所要所で少しずつズレていけば、辿り着くのはここではない何処かだ。


 機神ミオトは、そうやって初志を喪失しながら突き進む狂人であり。


 守るべき聖都のすぐ傍にありながら、の迎撃をで敢行すると即決した。

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