434話 末世未明その6

 空の彼方に放り投げてやったンバスクが、見ればもうそこに戻っている。


 メール=ブラウは目も合わせようとしない。不貞腐れたように思っても見ない言葉を吐く。


「お早いお着きで」


「確認するが、貴様、信庁を裏切るのか?」


「俺はずーっと思ってたんだ」


「……なに?」


「ずっとずっとずうぅぅぅぅぅっっと、それこそ一番初めに一目見たときから、もしかしたらそうなんじゃないか、いやでもそんなことがあるはずない、どうかそうであってくれるな、ってさ」


 急にまくし立てるメール=ブラウに、険しかったンバスクの表情が困惑に変わる。彼はただ、目前の同僚の自白があれば、それで処断するに値すると思って声をかけただけなのに。


 話しかけた以上、とりあえず聞くことにする。ともすればこれはンバスクの問いへの回答なのかもしれない。


 メール=ブラウは続ける。


「それからは検証の日々さ。決めつけるのはよくない、念入りに確認しないと。そう思って観察を続けて、時にはこちらから干渉を試みて。そうやって認識を積み重ねていって、きっと結論を出すのを先延ばしにしてたんだろうな。怖かったんだ」


 一息、


「でもそれは逃げだった。認めるよ、俺はもっと早くに答えを出すべきだったんだ」


 彼はそこでンバスクに視線を注いで、


「お前バカだろ。あれだけやって裏切りじゃないと思うのか?」


「貴様ッッ───」


「テメェで判断する脳みそがないくせに《無私》だとか気取ってんじゃねえよ木偶の坊。俺はずっとその主体性のなさが気に喰わなかったんだ、騎士ン中でもとりわけテメェが一番嫌いだったんだ! テメェに命令が出てようが何だろうが関係ない、ユヴォーシュが何をしようが知ったことか! 俺はテメェが気に食わねえ、ここで、テメェを、潰す!」


 最後は言葉というよりももはや咆哮に近かった。獅子の如き金髪を振り乱してメール=ブラウは踏み込み、拳を振り抜く!


 ンバスクはいつも通りことを選ばなかった。彼の《神血励起》は常に有効であり、彼が命令を遵守している限り彼に危害を加えることはできず彼を妨げることもできないという、攻防に極めて有効な能力として働いている。ニーオの乱でユヴォーシュと交戦した際に、一度は彼を致死に至らしめたのは《神血励起》あってこそ。


 メール=ブラウの宣戦布告に激していても《神血励起それ》は有効で、だからメール=ブラウの拳は空を切ると定まっているはずなのにンバスクは剣でその一撃を逸らすことを選択した。


 果たしてギャリンと金属同士が擦れる音とともに、直撃はせずともンバスクが


 メール=ブラウは、犬歯を剥き出しに笑う。


「おやおや、一体どうした《無私》のンバスク。いつものようにすり抜けないのか? ああ?」


「こいつッ……」

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