433話 末世未明その5

「あーはっはっはっはっは、飛んでけやァ!」


 ンバスクの《神血励起》はあくまで透過が本質であり、加えられた力に対しては無力。ましてや空であれば落下するまで彼に成すすべはなく、ぶつかることを待ち焦がれながら放物線を描くしかない。


 しばしの猶予を稼いでくれたんだ。全く素直じゃないやつで、けれどそこは尊重するべきと考える。


 踵を返すその前に、門番のように大階段の一番上に仁王立ちしているメール=ブラウの背中に一言だけかける。


「───ありがとな」


「……はん。テメェのためじゃねえや」


 ……それ以上の言葉は野暮だ。まったく意地っ張りなんだからと言いたげなヒウィラに、沈黙を保ってくれるようアイコンタクトを送って、俺は走り出す。




◇◇◇




 足音はすぐに聞こえなくなる。速さも、力強さも、動きのキレも以前の戦いより格段に上がっている。ニーオの叛乱の時よりも強くなっている彼らなら、この先に進んだとしてもおいそれとくたばる心配はしなくていい。


 それよりも案ずるべきは、まずユヴォーシュより誰より自分自身。


 彼が投げ飛ばしたンバスクは、信庁に最も忠実な騎士であると名高い男だ。対するメール=ブラウは、聖究騎士にも関わらずびっくりするほど評判が悪いと自覚している。精神縛鎖を措いても彼は悪名高い───つまり、独断専行、命令無視、危険行動、好戦的。それら彼の今まで積み重ねてきた業がそっくり返ってくるから、どれだけ弁が立っても言いくるめは不可能だ。


 誰が『ンバスクが裏切った、メール=ブラウに味方しろ』と言われて信じるかという話だ。


 そんな無駄な労力を使っている余裕はない。メール=ブラウはンバスクを相手取りながら、更にヒラの神聖騎士たち、征討軍、聖都防衛機構、そう言ったものも敵に回したのだ。


「まあ、だからどうしたって話だがな」


 ぶっちゃけた話をすると、今挙げた要素すべてを合わせても、《契約》のンバスクひとりと釣り合いはとれない。それくらいの戦力差は隔絶していて、そしてもっと酷いことに───聖究騎士全員を合わせても、おそらくディレヒト・グラフベルには届かない。


 彼こそは《人界》至高。どう足掻いても勝てる見込みは絶無だから挑む夢想すら叶わない絶域だ。


 唯一、聖究騎士の中で勝てる見込みがありそうだと思えるのは、矛盾した物言いではあるがロジェス・ナルミエくらいのものだった。彼は神の軛たるをいつか捨て去りそうに思えたし、そうなればあるいは───と思っていたのだが。


 なんとユヴォーシュが下したという。フカしじゃないかと疑りはしたが、どうやら真実らしくメール=ブラウは本気で肝をつぶした。


「マジで言ってんなら、そりゃどうにかなるかも知れないぜ」


「馬鹿馬鹿しい。どうにもならない。貴様らは」

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