428話 決戦前夜その8

 何を、と思う間もなく意識が落ちる。


 アレヤの自我を縛り上げて、代わりに彼女の肉体を操り人形にするのは呼ばわれた《鎖》のメール=ブラウ。


「───どういうつもりだ、お前」


「よう、メール=ブラウ、会いたかったぜ。……そんな顔するなよ、アレヤ部隊長の顔で」


 ユヴォーシュの読みは的中していた。メール=ブラウは以前、ニーオの聖都騒乱の際の切り札としてアレヤを支配していた前科がある。その時の戒め、《信業》による精神の拘束はユヴォーシュに断ち切られはしたが、その後もメール=ブラウがやろうと思えば彼女を縛り直す機会はいくらでもある。


 厄介なユヴォーシュが《妖圏》に赴いている間に、どちらも聖都暮らしのアレヤとメール=ブラウならばいくらでも接点を持てるのだ。そうでなくとも聖究騎士、その気になれば今のユヴォーシュがやっているように自宅に忍び込んだっていい。


 そうして使いまわしであっても手札を増やして、来たるユヴォーシュとの遭遇エンカウントに備えておこうという心理は、これまでの二度───前線都市トトママガン上空と聖都での交戦で、薄々察せられるところではあった。


 加えて、ユヴォーシュの読みにはもう一つ補強要素があった。


 彼との縁の深さで言えば群を抜いて深いと断言できるアレヤが、どうして《暁に吼えるもの》の眷属にされなかったのか。


 ───


 盗みに入った先の家がとっくに漁られた後のような、どちらにせよロクデナシなのは間違いない話ではある。アレヤの尊厳をこれっぽっちも考えないメール=ブラウの性根の悪さが、しかし今回ばかりは良い方向に働いてしまったのだ。


 ユヴォーシュはそうであることに賭けた。勝負の一番目でしかないが、まずは一勝と言ったところか。


「お前が俺に会いたがるはずがないだろう。さっさと話せ、何が目的だ?」


 本題はここからだ。伊達や酔狂で現役の聖究騎士にコンタクトを取りに来ることなどない、何か理由があるはずだ。そう考えたからメール=ブラウも息をひそめてやり過ごしたりせず応答を選択した。さて、果たして何が飛び出してくるのか。つまらない話だったらそのまま信庁ディレヒトにチクるまで。


 せいぜい俺を楽しませてみろ、そう身構えているメール=ブラウの意識は、しかし次にユヴォーシュが発した言葉の内容だけで吹っ飛ばされそうになった。


「そうだな。じゃあこう言おう───『信庁をひっくり返すのを手伝ってくれ』」


「───はァッ!?」




 ……その後、アレヤ宅でどんな会話が繰り広げられたのかは不明だ。少なくともユヴォーシュ・ウクルメンシルは五体満足でアレヤ宅を後にし、アレヤはメール=ブラウの精神縛鎖から解放された。


 メール=ブラウが何を選ぶかは、彼のみぞ知ることだ。

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