427話 決戦前夜その7

 挨拶をして薄く笑う彼は、アレヤの家の居間に明かりもつけずに居座っていた。


 真っ暗な部屋の中に彼の姿を見つけた瞬間、帰宅した彼女はまだ帯びていた剣に手を伸ばした。昨今の聖都でなら物取りも忍び込むことくらいあるだろう、そういう類かと思ったのだ。けれど言葉を交わせば聞き間違えるはずもない。


「お前……お前、どこに行って───いやそうじゃない、どうしてここに来たんだ。この聖都が、今どんな状況か分かって来たのか!?」


「分かってますよ、家の中でも剣が手放せないくらい酷いことになってるってのは。戻ってまだ半日くらいですけど、一通りは見て回りましたから」


 淡々とそう語るユヴォーシュは、どこか彼女の知る元部下と印象がブレて見えた。姿形、声も喋り方も座り方のクセだって全部同じなのに───どういう訳か、今までと違う。


 落ち着いているのに熱に満ちている、といった印象だろうか。具体的にどこが変わったのかは分からないが、何かがあったことは窺えるといった塩梅。


 だから狼狽して興奮状態にあったアレヤも、彼に引っ張られて落ち着きを取り戻す。元々聡明な人なのだ、こんなことでもなければあんな姿は見せない。


「……何が起きているのか、お前は知っているのか。ユヴォーシュ……」


「ええ、まあ、はい。話そうと思えば話せますけど───聞かない方がいいですよ。聞いて良いことはないっす」


 肩をすくめる彼はひどく疲れて映った。何か大きな舞台に上がる直前のような、ピリピリと張りつめた雰囲気を纏っている。アレヤの家で明かりもつけずに待ち構えているあたり、人目を避けて密やかな活動をしているらしいが───つまり、信庁から隠れている、ということか? ……なぜ?


 アレヤの認識では、ユヴォーシュは《信業遣い》に覚醒したものの、信庁に属さず───その後、紆余曲折あって前線都市ディゴールの都市付き騎士代行になったところまでしか知らない。そもそもの発端、彼が異端認定を受けて《虚空の孔》刑に処されたことも、それから今に至るまで暗闘を繰り広げていたことも関知していない。


 していたとしても、しがない人族が信じられることではない。とりわけ聖都の住民にとって信庁とは絶対の威光であり、敵対して生きていける者など想像の埒外なのだ。


 落ち着きはすれど状況が理解できないアレヤを置き去りにして、ユヴォーシュは勝手に言葉を続ける。


「今日会いに来たのは、正直言うと部隊長にじゃないんです」


「それは───でも、ウチには私しかいないぞ?」


「……ちょっと、説明がしにくいんで。もし勘違いだったら本当に申し訳ないんですけど……俺は、お前に会いに来たんだよ。───


 彼は決然とした口調で、確かにアレヤ・フィーパシェックを真っすぐに見据えて、そう言った。

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