426話 決戦前夜その6

 聖都イムマリヤは最早ガタガタだった。


 きっかけはやはり───あの日、空が《魔界》と繋がった時の騒動だろうか。


 ニーオリジェラ・シト・ウティナとヴェネロン・バルデラックスが画策した神殺しの叛乱。その陽動のために魔族を手引きしたのだという真相は、公にはされていない。聖究騎士たる《火起葬》のニーオと、元聖究騎士だった《年輪》のヴェネロンの暴挙は民に知らせるには毒が強すぎる。そう信庁が判断するのも当然で、事実それ以上の騒動が起きなければそれで良かった。


 毒はゆっくりと薄まって───やがては致命的でなくなるはずだった。


 角妖のケルヌンノスが、《暁に吼えるもの》が、そうはさせなかった。


 十二分に広まるまでユヴォーシュと信庁から逃げて時間を稼いだ彼は、満を持して大儀式を発動し───世界をひっくり返した。聖都騒乱の毒がしみ込んだところに《暁に吼えるもの》の眷属たちの出現、信庁の威光を徹底的に貶めるための流れとしては万全と言えよう。


 彼らの計画ではそこから更に、ユヴォーシュ・ウクルメンシルを化身として据えることでうねる《人界》の意思を自分たちに集め、大神光臨に割り込んで《暁に吼えるもの》を招来するまでが含まれていたが……当のユヴォーシュの離反もあってその計画は頓挫し、眷属たちも前線都市ディゴールにて討たれることとなりはしたが。


 どうあれは立ってしまい、信庁のはそれを以てじだいを終わらせることを決断してしまった。


 もはや誰もそれを止められるものはいない。知る者すら稀なのだから。


 そして征討軍部隊長アレヤ・フィーパシェックは、知らない側の人間だった。


 あの日、《鎖》のメール=ブラウの精神縛鎖によってユヴォーシュ、ひいてはニーオリジェラへの刺客に仕立て上げられた彼女は、ユヴォーシュが新たに体得した《火焔光背》と魔剣アルルイヤによってその呪縛を断ち切られた。しがらみから解放された彼女が目を覚ましたのは数日後のこと───そのころにはもう、ユヴォーシュは《妖圏》を右往左往していて彼女の手の届く範囲になど居はしない。


 メール=ブラウの精神縛鎖についても立証は困難。ユヴォーシュは証言せず、メール=ブラウも当然自白などせず、アレヤ自身には何が起きたのか理解できていない。彼女からすれば、魔族襲来の際に突如意識を失って、気付けば聖都の路地に倒れていたようにしか思えないのだ。その間に何があったのか、全身が猛烈な痛みに苛まれてすらいた。


 そんなザマだからしばらく軍務からも離れ、休養を命じられていたと思ったら、今度はあの眷属騒ぎ。


 聖都でも暴れる者が出る中で、。ただただ混乱している間にそれも過ぎ去り、しかし聖都の狂騒は収まらない。機神が進軍し、天龍が飛来し、どれほど鈍い人間でもと察せられる連日連夜───


 そんなある日、彼女の自宅を訪れる人が、一人。


「……アレヤ部隊長、久しぶりです」


「お前───ユヴォーシュ!?」

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