425話 決戦前夜その5
ひとしきり笑ったあと、彼は目尻を拭いながら、
「そうそう。《人界》の終わりは、君の言った通りだよ。ヒウィラ」
「貴方、さっきの話聞こえて───」
「世に光が飽和してすべては消え失せる。例外はない、新たに小神に成り代わる聖究騎士も肉体は消失してしまうからね」
「貴方はどうだったの?」
「鋭い指摘だ。けれど私も例外ではない。《人界》のすべてが消え失せて、そして作り替えられる───私もそうだったよ」
思えば当然のことで、《真なる異端》になっていた彼は劫の移り変わりとともに作り替えられ、《信業遣い》を辞めさせられている。正しく発音できなくなっていた姓しかり、前のカストラスというものは余さず置き去りになって、今ここに存在する彼に残っているものは何もない───
───とすれば、こうして向かい合って話しているカストラスは本当にカストラスなのだろうか。そんな疑問がひとたび浮かんでしまえば、ただ話しているだけでも恐ろしい。
「なら、貴方は何なの?」
震える声で根幹を問うヒウィラに、得体の知れない彼はいっそ平然と、
「何ってカストラスさ。っとと、証明しろとか言い出すなよ、そんなもの元よりないんだから。私が私である証なんて、どうせ魂くらいしかありはしない。でも君たちは知らないだろう、私が九聖卿だったときの魂の在り方なんて。だから無駄なんだ」
比較のしようなんかない。魂も、心も、存在も。
結局のところ、行動に対して評価するしかない。彼が正真正銘カストラスで、嘘をついていないと誓える神など存在しないのだ。それは異端であることもそうだが、何より神という仕組みについて知ってしまっているから。
今更神頼みなど図々しいにも程がある。彼らはこれから、まさにその神の描いた絵図を引っ掻き回して完成を阻止しに行こうというのだ。
「……勝てると思う、私たち? 貴方も前は聖究騎士だったのなら、少しくらいは戦力差の見積もりとかないのかしら」
「ないよ、そんなもの。私が九聖卿だったのが何時の話だと思っているんだ。しかも言っておくとね、私の代はそりゃあもう酷く荒れた時代だったんだ。《大いなる輪》が廻ろうかという時期の《人界》なんて、とても統制のとれちゃいない。ぐっちゃぐちゃのしっちゃかめっちゃかさ」
「今よりも?」
「もっと酷かった。例えばね、征討軍ってあるじゃないか。あれに似たようなものは私の代にもありはしたが、信庁から離反して各地で好き勝手暴れたりしていたもんだ。そういう意味で今回はマシなんじゃないかな。なにせそういうのを、そこで寝こけている彼が一身に背負っている」
「……そっか」
ヒウィラは柔らかに話題の彼の鼻をつまむ。尋常ならざる眠りの中にある彼は、そんな悪戯を仕掛けられても起きる気配を見せないので、面白くなってもっともっととエスカレートしていく。きゅっと完全に鼻の穴を塞がれて、そのままだと呼吸困難になってしまうからぱかりと口が開くのを、ヒウィラは穏やかに微笑しながら眺めていた。
こんな有様の彼が、《人界》をひっくり返そうとしている。それがむしょうにおかしくてたまらない。ここだけ切り抜けばとてもそんな風には見えないのに、胸にあたたかな確信が満ちている。
「ゆっくりお休み、ユヴォーシュ。起きたら今度は何をするのかしら。楽しみにしているからね」
───夜は更けていく。もう幾度もこの《人界》に夜は訪れない定めを、噛み締めるように。
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