418話 九柱世界その7

 俺はかつて《魁の塔》で聞いた言葉を思い出していた。バスティの言葉。


 ───この世界はクソだ。無駄を無為に積み上げ続ける無価値の塔、それがこの《九界》。


 彼女らが何を知っていたのか、俺は知らない。《暁に吼えるもの》の意思をすべて受け入れて化身として完成していればそういった知識も得られたのだろうが、生憎と俺はそれを途中で拒絶した。《九界》構造についての情報は、運悪くまだ流し込まれる前だったんだ。


「劫を積み上げて……塔のようにする、のか」


「その通り、よく知っているね。この世界は九本のせかいから成る塔である。《経》は梁ってところだろうかね。もちろん文字通りの塔が建っているわけじゃない。上も下もない世界に塔など建ちようもないから、もっと観念的な捉え方なんだが……そのあたりの講義は追い追いにしよう」


「そうしてくれ」


 俺の頭ん中で、イメージ代わりの《魁の塔》がぐるんぐるん回り始めちまったからな。これ以上想像してたら変になっちまいそうだ。


 俺の横でヒウィラもどうやら混乱していたらしいが、


「……とにかく、是が非でも劫を進めたがっているのは分かりました。ではなぜ、今なのです? そんなに望んでいるならもっと早くにやればいいことでしょう」


「条件だね。君の疑問は尤もで、《大いなる輪》は廻すために燃料を求めるんだ。それが充填されるのを待っていたんだよ」


燃料それは何なのですか。祭具そのものを狙わずとも、それをどうにか出来れば───」


「《人界》に満ちる想念だよ」


 前のめり気味だったヒウィラが突っかかったように口を噤む。眉間に目いっぱい皺を寄せて、


「……想念、ですか?」


「うん。だから今なんだ。《真龍》の出現、魔族の襲来、聖究騎士の聖都での叛乱と立て続けに《人界》は揺さぶられてきた。極めつけは先の大混乱。人々は混乱し、救いを求め、強く強く感情を燃焼させ動かしている。それを糧にして《大いなる輪》は廻るんだ」


 本来はもっと後の見込みだったはずだ、とカストラスは続ける。いくつも前の劫のことは分からないが、少なくとも暦が千年もいかないうちからこれほど揺らぐ想定はしていなかったのだ、と。もっともっと後になって、《人界》統治機構が膿み腐り、《人界》の民がそれに反発するようになって───そういう騒乱の果てに、どうにもならなくなった《人界》をリセットする意味も込めて《大いなる輪》は廻されるのが流れ。


私の時ひとつ前はそうだった」


「───つまり、ユヴォーシュ、ぜんぶ貴方のせいなのでは?」


「い、異議あり! どれもこれも俺は巻き込まれた被害者だと主張したい! むしろ俺が居なかったらもっと酷いことになってたはずだ、きっとそうだ!」


 まあ、俺が居なかったらそもそも起きなかった事件も、いくつかあるのは否定できないけれど。

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