415話 九柱世界その4

「あんた昔、《信業遣い》じゃないって……」


「ああ、言ったかもね。でも嘘はついていないだろう、この劫では私は《信業遣い》じゃないんだ。もう辞めた……というか辞めさせられたからね」


「どうしてそんなことになったのですか?」


「どうしてだったかな……。もう記憶も曖昧でね」


「そりゃあ嘘だろ」


 その出来事は間違いなく今の彼の原点オリジンだ。あるいは前の劫の、九聖卿とやらだったカストラスの末路と言うべきかもしれない。曰くただ無為に九百年生きてきた彼が、それを塗り替えられるような鮮烈な記憶を抱いているかと言われれば十中八九そんなものはないはずで、


 要するに忘れられるはずのない強い記憶に決まっている。


 それこそ、ヒウィラの嫁入り行とか。


 俺が《魁の塔》で新生したように。


 彼もまた、そのとき変わったのだから。


「……まあ、そう言うなよ。私もこの話をするのは初めてなんだ、そういうふうに誤魔化さないと話してられないのさ」


「ならいいけどよ……。《信業》を失ったのと不老不死になったのに、因果関係とかあんのか?」


 俺が質問するとカストラスはすこし助かったみたいな顔をした。こういうときは対話形式で、質問してもらった方が話しやすいらしいというのはバスティとケルヌンノスがについて語った時に得た知見だ。こんなところで活かすことになるとは。


「あると言えばあるし、ないと言えばない。というかそこについては正確に把握できていなくてね、というのが答えになってしまう。ただ恐らく全くの無関係ということはないだろう。───あの時、《大いなる輪》が巡る直前に、私は自分のを消したんだ」


 《信業遣い》たる九聖卿が自らに刻まれたを外せば、それは《真なる異端》となる。その状態で《信業》を行使すれば大神ヤヌルヴィスが光臨し、世を裂かんとした咎人は裁かれる。


「……まあ、結局のところそれは勘違いだったわけだが。《大いなる輪》が廻り始めていれば、大神はそちらにかかりきりになって光臨しないというのはそのころは知らなかったよ。知っていればもう少し楽だったものを……」


 なき状態で《信業》を使えば裁かれる、という認識があれば敢えて使おうとはするまい。俺たちも《暁に吼えるもの》の招来未遂のゴタゴタがなければ知らなかったことだ。


「まあそれはいい。肝要なのは、さえ完全に消し去ってしまえば小神に列せられることは避けられるんじゃないかと考え、実行に移したという事実だけだからね」


「列せられる、ってのは?」


「《人界》が巡るとき、小神との契約者であったものたちは次の小神になる。つまり前の九聖卿は当代の小神になり、当代の聖究騎士は次代の小神になる、という仕組みさ。そうやって柱を建て替えないと維持できないんだ、《人界》というものは」


 そこらへんについては、ちょっと前にシナンシスが語ってたな。あのときはヒウィラに詰問されていて追及どころじゃなかったが、神血を流し込んで耐えられた者が聖究騎士になる話と併せて整理し直すと、見えてくるものはある。


 流し込まれる血はてっきり小神のものかと思ったが、さては大神ヤヌルヴィスのものか。小神たちは《人界》を支え人と大神を繋ぐだけの役割であって、彼らは正真正銘に元は人間だったってことだ。カストラスはそんな役割をどういうワケだか厭うて、その座に押し込まれる前にその資格───神のを自分で消し去った。

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