413話 九柱世界その2

 意外なことに、カストラスはもったいぶる。


「何だと思う?」


「さあ、知りません。話したいのであれば回りくどい言葉を使わず、率直に告げるべきでしょうに」


「だから、話したくないことなんだな。カストラス」


 話したいことなら率直に。だから、迂遠に質問してきたりするのは話したくない証拠。


 彼は彼らしくもなく、怯んだみたいな顔を見せた。それこそ悪戯をしでかして怒られるのを恐れる子供みたいな、今までの彼の印象をそれだけでひっくり返してしまうような仕草。


 それで直感する。彼が話そうとしている、けれど話したくない内容───それは彼の根幹にかかわること。大概のことは韜晦して流してしまう彼が、おいそれとできないくらい深くに置いておいた話なんだ。


 義手装着で寝っ転がっていた居住まいを正して、逸らさず聞く体勢をとる。ヒウィラも聡い子だからそれで分かる、余計なことは言わずに俺に倣ってくれた。


「……やれやれ。いっそ興味なんてないくらいの方が、こっちとしてもありがたかったのに」


「ないはずないだろ。あんたのことは結局、異端不死身の魔術師ってことしか知らないんだ。名前だってカストラスしか知らない。名前は何なんだ?」


 俺の質問に、言われてみたいな笑みを零して、


「カストラスさ」


「それはだから苗字だろ。まさかカストラス・カストラスなんて愉快な名前だってのか? そいつはちょっとばかり卦体けったいが過ぎるだろう」


 もしかするとあり得るのかもしれないとおっかなびっくり問う俺に、カストラスは、いいやと首を横に振ると、


「私の名前はカストラス・■■■■■だ」


「なッ───」


 彼の姓は塗り潰されていた。確かに発音されたはずなのに、俺たちの耳に届いたはずなのに、それを意味として認識できない。唇は確かに動いたのに、それを読み取って何と言ったのか理解できない。違和感を深く追いかけようとすると、どこか精神の一部が軋むような感覚に襲われて、それ以上の追及は困難だった。


「今のは、今のは一体何だ!?」


「何だも何も、失われた名さ。この劫には持ち込めなかったの残滓が、うまく処理されず不協和を発生させた、それだけの現象だよ。……つまりね、私は今の劫の一つ前の劫の存在なんだよ」


「前の《人界》の、生き残り───」


 世界が移り変わるという、ロジェスの語った一大事象。今の《人界》が終わるということは理解できていたが、とはいえ何がどうなってそうなるのか覚束ないところに、これ以上の情報を握っている人材はいなかろう。

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