411話 機神進撃その4

「……観測終了。僕はディレヒトさんに報告に行く。君は引き続き、ここで機神ミオト様の観測を続けてくれ」


 ンバスクの無機質な言葉に引き戻される。よくまああれだけの砲火の下で物思いに耽られたものだ。まるで想い人に焦がれる少女のようで、そういう子をこれまで幾度も弄び利用し時には傀儡にすらした自分が揺らぐようでゾッとしない。


 誤魔化すように大仰に振り向いて、観測塔の縁から飛び降りようとしていたンバスクを呼ばわる。


「観測っつったってなぁ、そんなことヒラ騎士にやらせりゃいいだろうが。それとも何だ、もしあの砲門が聖都こっちを向いたら身を挺して庇えってか?」


 自分で吐いた言葉に、自分で混乱する。


 機神の砲がこちらを向く可能性など、どうして考える必要がある。神聖騎士と信庁は小神の権威のもとに運営される組織であって、機神ミオトが『裁くべし』と考えて実行に移したとすれば、神のを刻まれている民草はこうべを垂れ粛々とその裁きを受け入れるのが道理というものだ。にも関わらず今の一言は、およそ翻意と取られても致し方ない不敬。


 彼が聖究騎士でなければ、神罰隊がやってきて取り押さえられたことだろう。そうならないのはここに神罰隊がいないのと、信庁の最上位たる聖究騎士の発言だから。


 そして彼が聖究騎士であっても、同じ聖究騎士であれば不敬を不敬と指摘できる。とりわけ信仰に厳しいンバスク相手に、不用意に過ぎる発言だった。


 ここでこの発言をした影響を考える。ンバスクに口止めしてもらえるなどと期待するだけ無駄だ、だからと言って力づくで黙らせるにはリスキーだ。言いくるめ、ようにも咄嗟の発言だから後先を考えていなかった、ここから誤魔化すのは難しい───


 もうどうにもならない。


 後はンバスクの出方次第、どうなってもいいように身構えて……。


「……そうだ。そういう場合も、あると思え」


「───は?」


 メール=ブラウはまず自分の鼓膜を、次いで脳を疑った。


 肯定したのか、今? あの《無私》のンバスク、神と契約にその身を捧げているような堅物の中の堅物が?


 呆気に取られて微動だにできないメール=ブラウに、一言だけ追い打ちをかけてンバスクはついに跳び下りる。といっても彼らからすれば大した高さではない。そこらの段差ほどにも危なげなく、と落下する姿を視線で追うこともせず───できず、メール=ブラウは告げられた言葉の意味を咀嚼するのに全力を費やしていた。


 だってンバスクは去り際にこう言ったのだ。


 ───機神ミオトは。いざともなれば、契約者たる《指揮者》ガムラス・ガグス・ギルフォルトを引きずり出せ。


 あの超巨大構造体たる機神が? いましがた、あっさりと九大天龍が一柱、《貪る渦》のトリポイディワを墜とした彼が、狂っている?


 それは、実に───背筋の凍るような話だった。

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