409話 機神進撃その2
そうして各地に口を開いていた《冥窟》を引き払って、翼はためかせ飛翔する《貪る渦》のトリポイディワは聖都イムマリヤへの一番乗りだった。もう間もなくのところなのに、そろそろ聖都が確認できるところまで来たのに、上空に他の《真龍》の姿が確認できないのだ。正直なところあまり望ましい状況ではない。最初と最後でなければよいと思っていたのに、まさか一番槍とは。
愚痴を吐いても仕方ないと自らに言い聞かせる。彼の巨躯では人の目を避けることは難しく、いくら《人界》が次の劫に移り変わる混迷期にあるとしても目撃情報は信庁に伝わっていると見るべきだ。他の九大天龍は味方ではなく奪い合う競争相手だからタイミングを合わせてくれると期待するのも馬鹿馬鹿しい。
一番乗りが一番おいしいところをかっさらえると期待して、地平線を飛び越えて聖都を視界に収めたトリポイディワは愕然とする。
───あれは、何だ?
見て見ぬふりすら許さないそれは巨大な山塊のようだった。
《貪る渦》のトリポイディワとて、聖都イムマリヤがどんな都市かは聞きかじっている。白亜の街並みが美しく、立ち並ぶ鐘楼とその中心に聳える大聖堂は見る者すべての心を奪う───そう語っていたのは、彼の構築した《冥窟》に踏み入った探窟家だった。貴重な情報を提供してくれた礼として、トリポイディワはその探窟家を慈悲深く胃液の壷穴に落として殺してやったのまで覚えている。
謀られた───のとは違う。確かにあの探窟家の言っていた都市はあるのだ。問題はその傍らに、それと同等かそれ以上の巨大な構造体が存在していること。
その構造体は、ありとあらゆる《人界》じゅうの鋼材をかき集めたかのような黒鉄。
各所から絶えず蒸気を噴出し、遠く離れたこの場所からでも駆動音が響いている。とすれば聖都イムマリヤの民は安眠すら叶わないであろう。果てしなく近所迷惑な巨大構造物は、しかし退かすなど夢のまた夢であろう。
だというのに───それがトリポイディワを認識できたであろうタイミングで、自ずから動き出したのを見て、ようやくそれが何かを理解した。
二柱のみ《人界》に留まるという神。その片割れ、狂する機神ミオト───!
『馬鹿な、どうして聖都に居る───!』
三対の翼を必死に翻す。あんなものが鎮座している聖都に攻めかかったところで何の旨味もありはしない。無為に龍体を失うくらいならば尻尾を巻いて逃げる方がよほどマシというもの、他の九大天龍に嗤われようと嘲られようと稼いだもの勝ちなのだから!
そういう意味で、トリポイディワは正しく───そして敗北者であった。
機神ミオトの動作が止まらないのを見て、即座に《信業》を発動するべきであったのだ。まだかなりの距離があるから転進すれば悠々と逃げられると思ったのが運のつき。
機神ミオトは《人界》が今の劫になってから今日この日まで、延々と敵を打ち倒すためだけに自己の拡張を続けてきた真正の兵器であり。
《貪る渦》のトリポイディワは、そんな存在の射程圏に数百年ぶりに侵入してしまった侵略者なのだ。
───警告も、容赦も、皆無。
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