407話 不帰光芒その12

 まだ倒れるな。そう思っても、宿敵を追放したことで糸が切れた俺を立たせるだけの力は、もうどこにも残っていなかった。


 膝をつく、そのまま前のめりにばったりと倒れる。衝撃で左腕の断面から血が溢れる、激痛が走る。クソ痛え。二度とこんな段は使わないと考えてから、そもそもあと一本しかないんだから自切なんて出来っこないと思い出して自嘲する。


 ヒウィラがやってきたときの交錯で傷つけられた左腕は、何をどう頑張っても動くことはなかった。異様な領域を作り出してその中に引きこもったロジェスをどうにかしなければならないと考えたとき、使えるものは全部使うしかないと判断した俺はアルルイヤで腕をぶった切ったんだ。それだけじゃ騙されてくれるか怪しかったから、そこに《信業》で新造した魂を込めて、投げようにも右腕は《光背》の圧縮に使っていたから、……足で蹴っ飛ばして。


 斬り落とされて治る見込みもなくなってるし、自分のだからどう扱おうと文句を言う人はいないんだけど、ちょっとだけ躊躇したさ、流石にな。


 そうやって囮にした腕にまんまとひっかかったロジェスを、俺は彼方に運び去ったんだ。


 《光背》は対象を吹き飛ばす。その間、遮るものがあってもお構いなしに飛び越えてその向こう側まで到達できるのは、まさにこの街で戦ったときに確認できたことだ。


 あとはどこに飛ばすか。ただ物理的距離を離しただけじゃ意味はない、すぐに戻ってくる。彼が戻って来られない場所、どこか彼の知らない場所は───そう思案したとき、一つの答えに辿り着いてことを否定できない。


 この《九界》の外側。


 ───《暁に吼えるもの》のやってきた、彼方。


 奴に造られた俺だからこそ認識できる外であれば、ロジェスも易々と戻ってくることはできない。いつかは《九界》を覆う壁を斬り裂いて帰ってくるとしても、それは今じゃない。俺とヒウィラでかなり痛めつけたからな、彼だって限界を超えていたろうよ。


 そしてそれは、俺も同じ。


 反動、失血、魔剣の呪い。悪獣殺しのときと同じ、また意識を失って気が付けば太陽が沈んでいるか、それとも何日も経過して《人界》が終わっているか。耐えようと思って耐えられるものではない、これは人が必ず寝なければならないのと同じような生理現象に近い。けれど、まだ、まだもう少しだけ待ってくれ───


「ヒ、ウィラ……ッ」


 俺の左腕は、ロジェスに斬られたところより更に根本で斬り直している。そうしないと《信業》の血止めすら弾くからで、ヒウィラにはその処置をしていない。このまま俺が意識を失えば、目覚めるより先に彼女が失血死しちまう。それだけは───


「おやおや、酷いことになっているな。これは」


 機を見計らっていたとしか思えないタイミングの言葉。声で誰か分かるから寝がえりをするのも苦痛な俺は、倒れてそっぽを向いたまま、


「カストラス、ヒウィラを……」


「自分も死にかけだというのに、随分と思いやりの行き届いたことだ。それともこれはそういう習性なのかな。なあユヴォーシュ」


 うるせえ。


 長広舌の間に俺の意識はゆっくりと消えていく。

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