405話 不帰光芒その10

 ───ふざけるなふざけるなふざけるな。


 彼の思考はもはや巡ってすらいない。魂の顕在化が激甚化したことで、あらゆる脳内の電気信号を押し流してただ一つの願いだけが掲げられている。


 即ち、「斬りたい」「絶対に斬る」という破滅的欲求。


 そのためならばあらゆるものをかなぐり捨てる。


 利き目が潰されている。回復するにはリソースの幾ばくかを回す必要が───関係ない。目など極論なくとも斬れる。ましてや片方は健在なんだ、どうということもないだろう。


 肺がおかしい。おそらく先ほどヒウィラに握りつぶされたときに折れた骨が突き刺さっているらしい───どうでもいい。放置すれば命に係わるかもしれないが、この瞬間に剣を振るうことに差し障らないなら後回しだ。


 ロジェスの魂が存在しつつあることで、《九界》が破れつつある。このままでは《人界》そのものが真っ二つになるかもしれない───だから何だ?


 斬れるんなら喜ばしいくらいだろう。俺が剣を振るうんだ邪魔をするな。


 聖都イムマリヤで大神の立ち合いのもと《大いなる輪》を廻す儀式が執り行われているから、この場に大神ヤヌルヴィスが光臨することはない。けれどもしもそれがなく、混沌の渦中にあるディゴールに大神が来られるとしたら。


 きっと真っ先にロジェスを狙うだろう。それくらい、今の彼は危険極まりない存在と化していた。


 彼の周りでは時間と空間が狂っている。ロジェス・ナルミエという肉体から溢れ出すように広がった魂が世界を押しのけているから、その一帯は厳密に言えばすでに《九界》ですらない。


 もしも踏み込もうものなら見るも無残にズタズタになるだろう。いいやあるいは、ロジェス・ナルミエがと願う生命として誕生したに過ぎず、その太源たる魂は斬ることにこだわりはないかもしれないが───どうあれ他者の魂になど触れようものなら正気でいるのは難しく、ましてや立ち入れば抵抗すら叶うまい。


 けれど踏み込まずには届かない。魂に影響を及ぼさない攻撃ではロジェスの魂に侵入すればズタズタに斬り裂かれてしまう。解決策は一つ。ロジェスを包んでいる彼の魂を壊す道のみが、こうなった彼を止め得る唯一の可能性だ。


 ───来るなら来い。魂の中にあるロジェスの五感では、《九界がいかい》にあるユヴォーシュが何をしているか、いつ来るかは感知できない。だが魂に触れればそれと分かる。その瞬間に全力の剣戟を放ち、仕留めてやる。


 来ないなら来ないで、時間がないことはどんな盆暗でも分かるだろう。ロジェスの魂が占める領域は徐々に縮んでいる。圧縮され、より鋭く絶対的な一撃へと昇華されつつあるのだ。ロジェスの魂が完全にこの世界から引き上げた時が、完成の───完結の時。


 ───もう、お前ユヴォーシュが最高の一瞬かどうかだって関係ない。そういう期待も斬り捨てて、ただ斬るものとして極致へと至ると決めたから。

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