397話 不帰星芒その2
「だから───殺すのか」
「ああ」
表情は真剣そのものだ。これが嘘ならもう何も信じられないというくらい真面目くさって、茶化すのも憚られる。行動原理は意味不明だけれど、これだけの気持ちを真っすぐ向けられると、どうにも困ってしまうものだ。
「分からないか。本当に知らないのか、この感情を。すべてをかなぐり捨ててでも、どうしても勝ちたいという衝動を。勝ちたいと越えたいとおのれの方が上なのだと証明したいと一度も思ったことはないのか。───そんなことはないはずだ! 断じて!」
ロジェスの語調が強まるにつれて、紫電が立ち昇り始める。パリ、パリと空気が爆ぜる音がしている。
無意識的行使。彼の最も根源的な熱たる魂が、この世界により深く深く干渉しているのだ。たかだか人間の肉体が数十年を過ごした
ついに世界が耐え切れなくなった。魂の熱に融解して、あるいはその重みに底が抜けて、《顕雷》が嵐も斯くやとばかりに荒れ狂う。
「俺と戦え、ユヴォーシュ・ウクルメンシル! 俺かお前か、どちらかが死ぬまで終わらない、そういう戦いだ! 俺にお前をただ殺させるな、お前のすべてをぶつけて来い! それを斬ってこそ、俺は、俺は───!」
「……ロジェス」
ひときわ太い《顕雷》、それがふつと断ち切られる。ついにロジェスが踏み込み、バスタードソードの閃きは裂帛の気迫。
俺はそれを《光背》と魔剣の二段構えで辛うじて逸らす。鋒がディゴールの大通りに触れると、音もなしに石畳が両断される。深さも長さも分からない裂け目───やはり受け止めなくて正解だった、こんなものを喰らえば真っ二つで即死だ。だからって地上で避けてばかりいればディゴールは早晩平らになっちまう。となれば、
ひとっ跳びに真上をとる。アルルイヤに《火焔光背》を乗せて振り抜く応用技を繰り出すも、内心ではそれでどうにかなるとは思っていなかった。《暁に吼えるもの》によって外部から植え付けられた意思で動く眷属たちならいざ知らず、純粋に魂からの声に呼ばれて狂しているロジェスの心を一刀で灼き斬れるものか、と。
裏を返せば当たると疑っていなかった俺は、まだ彼を見縊っていたと謗られても返す言葉もない。
彼のバスタードソードが振るわれると、ぱっくりと黒が口を開けた。火焔剣はそこにぶつかって霧散し、ロジェスには届かない。《火焔光背》は黒く染め上げられていて感知能力は毟られているから、何が起きたのか一瞬俺は掴み損ねる。
そこを狙って。
俺とロジェスを遮るかたちで開いた黒を突き抜けてもう一閃、今度は真っすぐ俺めがけて走る黒。
「ぐッ!」
辛うじて回避し果せた俺の服の裾がすっぱりと斬り裂かれるので理解した、これはロジェスの剣閃だ。思い返してみればとっくの昔に刃渡りなど無視して目に映るままに両断してきた彼が、ついに空を断ったのか───!
こうなっては取った距離が最悪の意味を持ってしまう。俺の火焔剣はそのイメージの性質上、どうしても遅いのだ。肉弾戦に長けた《信業遣い》同士の超高速戦闘ではとても追いつけない。それ以外で遠距離に攻撃できるような技もさほど持ち合わせていないし、やはりどうしても出力に劣ってしまうのはしょうがないこととはいえ、こういう時は呪わしい。
対してロジェスの剣は間合いをまったく無視して振るわれる。おそらくだが、離れれば離れたぶんだけ剣先の速度は上がるはずだ。そんなものいつまでも避け続けられるはずがない。
距離を───詰めろ! 死線を踏み越えるんだッ!
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