7章「明時告げる鐘の声を聴け」
396話 不帰星芒その1
「ディレヒトが───」
およそ《人界》を統べると言っても過言ではない、あの男。神聖騎士筆頭ならばそういうことが出来たとしてもおかしくはない。やらせるかどうかは、また別の問題だ。
「その目。止める気満々だな」
「当然だろ。波乱はあっても《人界》はやっていける。なのに終わらせる理由がどこにあるってんだ」
今を生きる俺たちの暮らしを勝手に終わらせる権利は、ディレヒトにだってありはしない。そんなことも分からないような大馬鹿野郎は、ぶっ飛ばして思い知らせてやるしかないだろう。
俺の言葉にロジェスはくつくつと笑いだす。いつか大ハシェント像の足元で戦ったときの彼は、俺に狙いを定めて舌なめずりするような猛獣の気配を纏っていたが───今は恐ろしいくらい何も感じない。
「……俺を斬る理由を寄越しちまったな。そういえばあんたは神聖騎士、ディレヒトの───」
「理由など要らない。そんな余分は刃を鈍らせるだけだ」
視線を向けられるとそれだけで刺し貫かれたような気分になる。今の彼は正真正銘抜き身の剣そのもの。
「言っておくが、今の俺はもう神聖騎士ではない。信庁なぞ知ったことか」
「ロジェス、お前───」
言われて勘付く。《光背》を薄く起動して放つ───神のしるしに反応するように設定したものだ。あちこちに倒れている元・眷属たちにはちゃんと反応するのに、すぐそこに立っているロジェス・ナルミエはまるで透明人間。何の抵抗もなく素通りしてしまうことの意味に皮膚が粟立つ。
───《真なる異端》。
神のしるしを外して《信業》の本領を発揮した場合、とんでもない出力になるのはヒウィラが証明済みだ。戦いと《信業》に不慣れな彼女で《暁に吼えるもの》の大眷属を退けるほどの飛躍を遂げる行いを、歴戦の猛者たるロジェスが実行すればどうなるか。
想像だにできない。俺の前に立っている彼が最悪の敵だと理解させられる。
「……ならどうして俺を殺そうとするんだ。もう神聖騎士じゃない、信庁に属してもいない、同じ《真なる異端》なら、」
「仲良くやろう、《魔界》インスラのときみたいに、ってか? 笑わせる。あれだって大魔王という未だ見ぬ獲物がいたから実現しただけの話だ。今の俺にとっての獲物はただ一人───お前だけだ、ユヴォーシュ」
「……熱烈な御言葉だこって。どうしても俺じゃないと駄目なのかよ」
「お前以外にいるものか。お前なら何か新しいものを俺の前に持ってきてくれるんじゃないか、お前なら俺の思いもつかないお前になってくれるんじゃないか、そう期待していたんだ。───期待以上だ。今のお前には斬るだけの価値がある。俺が認める。お前は凄い奴だよ」
言葉ってのは何を言ったかも大事だけど、誰に言われたかも大事なんだなと妙な知見を深めてしまった。
これほど嬉しくない誉め言葉もあったもんじゃないな。
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