395話 劫波流転その1
───彼方、鐘声が響いている。
現実の音ではない。彼ら二人にしか聞こえないそれは、役目の終わりを知らせるもの。
小神として奉ぜられて九百年近く。ついにその座を明け渡す時が来たのだと、偉大なりしヤヌルヴィス=ラーミラトリーが慈悲を触れ回っているのだ。
「この時が来たな」
「ああ。ようやくだ」
「待ち焦がれていたのか?」
「そういうお前はそうでもなさそうだな。……ストラ」
占いを司る神の任についている彼、シナンシスは傍らに問う。不死身の魔術師カストラスは疲れた顔で微笑むと、
「私はこの世界に僅かなりとも心残りを作ってしまった。まったく長生きなどするものではない」
いつか
《火起葬》のニーオの叛乱が潰え、彼女自身も死んだことでシナンシスの夢もまた叶うことなく終わりを迎えた。今の彼は燃え尽きた後の燃え殻のようなもので、それでも意地だけは残っている。
ニーオに殺してほしかった。ニーオになら殺されてもいいと思った。
だから、ニーオ以外に終わらせられるなど認められない。
ユヴォーシュたちに協力した(といっても彼が何の役に立ったかと言われれば首を傾げざるを得ないのだが、少なくともシナンシス自身は『自分が手を貸した』と思っている)のも、全てはそのため。《暁に吼えるもの》などという外敵、意味の分からない侵略者にこの《人界》を台無しにされて───自分の死に場所を勝手に作られては困るから。
こうして《大いなる輪》が廻り始めて、《人界》ヤヌルヴィス=ラーミラトリーが一新されるなら、それは終わりではない。役目を果たした小神は《大いなる輪》に溶け込み、《人界》を見守ることとなる。ニーオ以外に終わりを手向けられることもない。望んだ終わりではないにしても、まだマシな結末と言えよう。
……かつては小神の役割に倦んですらいたというのに、変われば変わるものだと自嘲する。あれほど嫌がっていた小神としての生を、彼女以外の手で終わらせられるのは嫌だという意地だけで受け入れてしまっているのだ。自分がどれだけあの焔のような少女に焦がれていたのか、彼女を想起するたびに思い知らされる。
「別れを告げるなら早くすることだ。こうなっては止まらない」
「そうだな───それもいいけれど、いや、それには及ばないよ」
カストラスの言葉に不思議な力を感じて、シナンシスは聖都の方を眺めていた視線を横へ向ける。
カストラスは肩をすくめて、
「───ユヴォーシュがいる。彼は劫が廻るのを良しとしないだろうよ」
彼は勇者だから、きっと。そう笑うカストラスに、シナンシスは大仰に顔を顰めた。
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