394話 衆縁断絶その6

「別件ってのは何だ。世を分かつ《真なる異端》を放り出すほどの用が他にあるってのか?」


「ああ、違うと思ったのは正解だったか。《真なる異端》───お前、いつ成ったんだ」


 俺の問いに問いが返ってくる。質問に答えろと叫べば答えるならそうするが、ロジェスの雰囲気は浮世離れしていて、とてもそんなフウには見えない。……ここは譲歩するしかないか。


「《妖圏》でケルヌンノスと殺り合ったときに、ちょっとな。だから裁きの時を今か今かと待ち焦がれてたのに、音沙汰はときた。一体どうなってやがる」


「どうりで。見違えたよ、生まれ変わったみたいだ。おめでとうハッピーバースデー


 淡々と紡がれる言葉は冗談か本気か分からない。剣を握ったまま拍手をしようとして、それでようやっと自分がバスタードソードを抜いていることに気づいたようなそぶりを見せるあたり、どうやら心からの言葉らしいが───正気か、こいつ?


 俺が黙っていると、彼は、


「そんな顔をするなよ、浮かれているんだ大目に見ろ。それで何だったか、ああ───大神が光臨しない理由だったか」


「ちゃんと聞いてたなら、ちゃんと答えろよ。俺は答えたんだから」


「そう怒るな、隠そうなんて思っちゃいない───簡単さ、大神は別の場所に光臨しつつある。あっちに居るならこっちに居ないのは、当たり前の話だろう?」


「なッ───」


 あっさり告げるものだから理解が追いつかない。それはつまり、どこか他所に《真なる異端》がいるからそちらにかかりきりになっているということか? 俺やヒウィラの他に、誰がそんな───《人界》に他に存在する《信業遣い》は神聖騎士だけだから、またぞろニーオのような裏切り者が出たってことかよ。もうガタガタじゃないか!


「誰を裁きに行ってんだ、大神は」


 ほとんど詰問みたいな俺の言葉に、ロジェスは目を瞬かせる。思いもよらぬ言葉を聞いた、という感じで、


「ん? ……あー、そうか、何か勘違いしてるな。大神の仕事は何も《真なる異端》を裁くことだけじゃない。むしろそっちは副業で、本業があるんだよ。別件って言ったのはそういう意味だ」


「本、業───」


、さ」


 神様とディレヒトは、《人界》を諦めて、新しい《人界》に劫を進めるつもりなんだよ。


 ロジェスが語る声が、どこか遠くから聞こえる。何を言っているのか理解を拒む意識の防衛本能だったのだろう。脳みそが無駄な抵抗をしている間に、魂は悟る。




 ───それは、終わりを告げる言葉。


 俺の自由に、俺の過去に、そして俺の物語に。


 「さよなら」と言うための、俺の最後の戦いが幕を開ける。

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