392話 衆縁断絶その4
黒刃を振るう。たなびく炎だけを残して、傷一つない少女眷属が手を伸ばしたまま倒れた。
振るうごとに重みを増すように感じるのは、俺の気分だけの問題だ。俺がアルルイヤで斬ってきたのは、彼ら彼女らの中の俺。《暁に吼えるもの》が俺と皆の縁を悪用して支配しているなら、それを斬る。皆の中に俺がいなくなれば操る
名のある大眷属たちはもういない。あとはこいつらだけなんだ。
それが分かってしまうから、意思ある大眷属であるところのガンゴランゼも焦りの色を隠せない。
「またテメェは、俺の仲間を奪うのか……ッ!」
「立ち塞がるなら排除して当然だろう。俺とお前は敵同士なんだからよ」
「黙れッ! テメェみたいな異端が、コイツらを語るな!」
ガンゴランゼが唾を飛ばしながら憤激するのを見て、俺はおやと思った。彼は根底まで《暁に吼えるもの》に染め上げられているものかと思ったが、これは……。
ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。俺は突いてみることにした。攻撃の嵐を斬り落としながら、
「異端異端ってうるさいけど───カミサマに導かれるまま唯々諾々と、それでお前はいいのかよ。お前は神様に言われてキレてんのか? 随分不自由な男だな」
「黙れ、黙れッ」
「黙らない。俺は俺の意思で喋ると決めて行動している。お前はどうなんだよ、ガンゴランゼ」
「うるさい、不信心者が!」
「その不信心者を憎むのはお前だろ! 神を騙る畜生じゃない、そうじゃないのか!」
「黙れェ───!」
ガンゴランゼの《信業》が俺の胸に弾ける。どくどくと流れ出る鮮血、並の人間なら絶対に助からない致命傷。
けれどその程度。碌でもないカミサマ気取りの力なんて流れ込んでいない、少しばかり強い神聖騎士のガンゴランゼが出せる最大出力と言ったところか。これで俺は殺せない。
腹立たしいだろうけれど、その方が健全だぜ。俺は瞳の炎が消えたありのままのガンゴランゼに引き攣った笑いを投げかける。
彼が自力で眷属から脱した理由はざっくり三つってところか。愛を奉じる《暁に吼えるもの》と、憎悪を滾らせて生きるガンゴランゼの精神的な相性が最悪だったこと。俺の煽る言葉で彼の軸たる憎悪が再燃したことで、自己を取り戻せたこと。そして最後に、ヒウィラが大仕事を完遂したこと。
空から響いていた爆音がついに止んでいた。完全に砕け散った魔法陣の欠片がキラキラと降り注ぎ消えていく。
《九界》に残留できている間に自己の招来を目論んでいた《暁に吼えるもの》は、ついに彼方へと放逐された。戻ってこれるかどうかはグジアラ=ミスルクの働き次第で、俺の感知するところじゃない。もし再来したらその時はその時のやつがどうにかするだろうさ。
もうガンゴランゼは眷属じゃない。ただの敵であり、散々痛めつけられた礼はしっかりさせてもらおうか。
俺はゆっくりと歩み寄る。《火焔光背》に包まれて動けないガンゴランゼの、憎悪に満ちた瞳を睨み返しながら───
一発、最高の拳をお見舞いしてやった。
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