388話 都市壊乱その11
「───そんなことさせる訳、ないでしょうが」
ヒウィラが動いた。
ありえない。
「そんな、どうして───!」
いいや、動いたように思えたのは錯覚だったのか。現に今も、彼女の肉体は《信業》によって時を奪われて凍り付いている。この状況を打破するには《信業》が必要だが、止まっているから使えない。だのに何故、彼女の言葉が聞こえるのか。
声ではない、発声器官は震えない。彼女の肉体は停止しているとしても、彼女の魂はそうではないということだ。
端的に言って、《暁に吼えるもの》はヒウィラを舐め腐っていた。
彼女のことを眷属にしようとしていたのがその証拠で、まさか彼女が神のしるしを捨て去るとは夢にも思っていなかったのだ。
《真なる異端》として《信業》を───魂から発露される『もしも』を望む異能を十全に行使できる彼女は、世界にとっては極めて小さな『もしも』を願ったのだ。つまり、『もしも、私がこの時間停止を跳ね除けられたら』と。
つい先ほどまでのヒウィラであったなら叶わなかったろう。そこに道理の通らない無理筋、完全にキマったところからひっくり返す筋道など皆無なのにひっくり返そうとするゴリ押し、論理の欠片もない力技。はじめに神への信仰ありきで、どんなことがあっても己の欲を押し通そうという気概を吸い取られている状態でそれだけの出力は確保できなかった。
今は違う。
彼女は覚悟をして、ユヴォーシュと同じ舞台に立つと決めてしるしを取り払った。迷いもしたし、後悔もするだろう。けれどそれでも自分で選んだという事実だけで、彼女は戦えるほどに───強くなっていた。
「教えて───やる───もん、か!」
彼女の《信業》が唸りを上げる。心も驚いたときのまま止まっているとして、驚きに対応する発露の仕方を考えていなかったというのなら、じゃあ今この場で考えてしまえばいい。おあつらえ向きに心は驚きのまま硬直しているから使いたい放題、どうしようかと考えているのはきっと彼女の魂そのもの。
すぐに思いついた。
彼女が一番、何に驚いたかを思い描く。何が彼女にとっての“驚き”かと問われれば、答えはすぐに出てくるもの。
停止している彼女の胸のあたりから、時間停止が押しのけられつつある感覚が伝わってきてレッサは慄く。カリエと二人がかり、限界まで出力を上げて縛ってもそれがこじ開けられていくのだ。
胸のあたりを中心として発せられる、光によって。
───《光背》。
いつも彼女を新鮮に驚かせ、心揺さぶってきた彼の象徴。
模倣に過ぎず、対象を選り分けて吹き飛ばすような力はなくとも、《暁に吼えるもの》の拘束を弾くくらいの再現性はあるのだから文句は言えない。……というか、こればっかりは彼女自身も不可能だろうと思っているのを自覚してしまっている。
《信業》とは想いの力、どんな不可能事象であろうとも出来ると信じられれば出来るし、僅かでも確信に揺らぎがあれば容易く崩れ去る。彼女は認めたがらないだろうが、やはり《光背》は───ユヴォーシュは特別なのだという確たる証拠であった。
驚きよりも憧れと感動と焦がれる想いを変換して、二つの《信業》が激突する。その場にいる全員が、歯を剥き出しにして唸る。体面になど構っていられないほど───全力だ。
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