387話 都市壊乱その10

「驚いてくれると思っていたよ、ヒウィラ」


 カリエの姿をしていても、その中身はほとんどバスティそのものと言っていい。彼女はバスティのあの砂粒を慈しむような笑顔でヒウィラにそう告げる。


 ヒウィラは動かない。


「キミはずっと素直だったからね。こうしてボクを表層に出せば、絆されると思っていました」


 シームレスに口調が声音がカリエに復帰する。所詮バスティは再現でしかなく、《暁に吼えるもの》の太源がカリエの精神構造を玩具にして現出させたに過ぎない。用が済めば元通りにするのも、肉体と魂とを繋ぐインタフェースを欺けるのはあくまで一瞬であって、あまり長時間に渡って変化させたままだと齟齬から使い物にならなくなるからという冷たい論理があってのもの。


 本当にただ、驚かせるためだけの残留思念。


 ヒウィラは動かない。


「ヒウィラさんが一人で来たときはこうするつもりだったんです。貴方は今のユヴォーシュにとっての最大の弱点ですから」


 極めて俗っぽく表現するならば、彼はバスティではなくヒウィラを選び、《暁に吼えるもの》の手から逃れた人間だ。取り戻すにせよ始末するにせよ、眷属をいくらぶつけても叶うまいと予想はしていた。どうにかしたいのなら、だからまずはヒウィラを押さえることが肝要。


 人質にして言うことを聞かせてもいい、眷属にしてぶつけてもいい。どう調理しても美味しい素材だからできる限り無傷で確保したかったのが心情で、故にこうして一人きりで現れたのは僥倖と言えた。


 とは言っても、彼女は不慣れながらも《信業遣い》なのは間違いない。抵抗すればこうしてクァリミンを制圧するくらいは容易にやってのける女だ。ならばどうするか───そう考えたとき、一つ名案が浮かんだのだった。


 厄介な《信業遣い》は、《信業》を使えなくしてやればよい。


 幸いにしてバスティてに手の内を知っていたからこそ実行された対策が、驚かせること。


 驚愕は意識における空白だ。すっぽぬけた思考で《信業》を走らせようと考えることは難しく、事実ヒウィラはその状態で発動するを定義していなかった。その驚きが危機に対する反射でもない限り、驚いている時に驚く以外のことは出来ない。


 そして驚いているところに意識外から時間凍結をぶつける。


 こうすればヒウィラは動けない。


 潜んでいたレッサが足音高く近づいていく。《暁に吼えるもの》は彼女らのコンビネーションを評価し、適材適所として配置したまで。その結果がユヴォーシュがこの街に来て、最初に関わりを持った少女二人による完封劇になるのは悪趣味極まりないが、意に介することは一切ないだろう。


 《暁に吼えるもの》とはそういう仕組みだ。唯一無二の目的のためにそれ以外の全てをべて燃え盛る業の炎。そこに他者への同情や、冒涜に対する忌避感などあろうはずもない。邪魔になるだけだから、それらもすべて燃してしまおう。


 ユヴォーシュもこうなるはずだった。そのはずだったのに、掴んでいたのに指の合間から零れ落ちてしまった。ならばもう一度掴み直すまで。


 再始動のための第一歩は、彼女ヒウィラだ。


「待っていて下さい。すぐにこちら側に連れ戻してあげますから」

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