380話 都市壊乱その3

「《神血励起》していない状態でも、彼ら聖究騎士の地力は高い。そんじょそこらの《信業遣い》には万一にも負けない程度に格上なのは、が薄いことによって、本来の《信業》に近づいた力を行使できているからだ」


 シナンシスの言っている本来の《信業》とは、つまり魂の力。『もしも』と願うことで、その夢が実現した世界に分岐させる───ありていに言えば、元の世界から引き裂いて新世界を描く異能。《顕雷》とは魂の質量によってひしゃげた世界が見せるだ。あれが高まり、遂に決壊した果てに───この《人界》ヤヌルヴィス=ラーミラトリーは破綻し、《九界》は《九界》としてのカタチを喪失する。


 その結末をグジアラ=ミスルクは恐れている。だから本来の《信業》を禁じていて、だから《真なる異端》が現れることを病的なまでに忌避しているのだ。


 この《九界》は、《九界》であることに意味がある、らしい。


 《暁に吼えるもの》の化身として流し込まれた伝聞だけどな。


「神も恐れる力だ。恐れるからこそ存在すら許さない力。《信業》があれば不可能なことは存在しない───世界を変えるのだって、神を殺すのだって、実例があるくらいだからな」


「それさえ分かればそれでいいのです。あとは、やるはずだったことをやるだけですから」


「え?」


 それってどういう意味だ、と問うよりも早く、ひどく呆気なく。


 ヒウィラが胸のあたりで両手を組んで、祈ると同時に───と何かが砕けるか外れるかしたような音が響く。


 それ以上は何もなく、目に見えた変化も現れない。ただ瞼を上げた彼女の瞳は晴れやかで、してやったりと言いたげな悪戯っぽい眼をしている。俺にはは感じ取れない───そういうことが出来たのはバスティであって俺じゃないのだ───けれど、嫌な予感というかなんというか、「マジかよ」と口を衝いて出てしまう驚きが肚の底から湧き上がってくる。


「ヒウィラ、もしかして、」


「ええ、はい。お察しの通りです。を消しましたから、これで貴方と同じ《真なる異端》。何を驚くことがあるのです、本来の役割を果たしただけですが? ただそれがちょっと、ズルズルと先延ばしになっていただけ」


「そんなワケねえだろ、詭弁も大概にしろ! 《真なる異端》になるのは大魔王を光臨に巻き込んで殺すためって話であって、今こんなところで消して何の意味が───」


「分からない?」


「───ッ」


 もちろん、彼女が考えなしにそんなことをするような性格じゃないって分かっているから言葉に詰まる。俺が言っていいのか、自惚れじゃないのか、それでも、と脳内がてんやわんやになるのを、ヒウィラはどこか楽しげに眺めるばかり。


 分かったよ、覚悟を決めるよ。


 元はと言えば俺が言ったんだ、彼女の将来に責任は持つって。


「……大神が光臨して裁かれるのは、これでヒウィラも一緒だ」


「そうね」


「抵抗して大神を返り討ちにすれば、《人界》が終わる。だから俺は受け入れようと思ってた」


「でしょうね」


「でも……。ヒウィラも、ってなったら───話は別だ。いいよ、分かったよ。これで諦められなくなったってことだろ」


「その通り。私を死なせたくなかったら、ユヴォーシュ。貴方も死んではダメよ」


「ああもう、チクショウ、何とかするよ! それでいいんだろ!」


「上出来です。いい、ユヴォーシュ、私を軽んじさせはしません。もしまたしてみなさい、絶対に見返させてやりますから」


 肝に銘じておきます。

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