378話 都市壊乱その1
「さきほどディゴールの街を駆けていて、《光背》に包まれていた間に何か違和感がありました。どこか今までのユヴォーシュと違う感覚。落ち着いて考えると、前の貴方と近しい感覚に覚えがあることに気づきました」
……これは。
気付かれてしまっているのだろうか。
「街の人々です。禍々しい中にもどこか以前の貴方に似通った気配がしていて、もともと《信業遣い》ではないのにそれらしく力を扱って。……貴方もそうだったのではないの? ユヴォーシュ」
「……そうだよ。《魁の塔》までの俺は、知らずバスティから力を借りてただけだ。讃頌式《奇蹟》で───」
「ならば今は?」
ぴしゃりと遮って踏み込んでくる言葉に、ああ、これは誤魔化せないなと悟る。彼女はもう察していて、あとは自白を要求しているだけだ。
「あの時、バスティに利用されてたと知った俺は、意地で俺の、俺だけの力を勝ち取った。正真正銘俺の《信業》だから、反動も───」
「私が聞きたいのはそんな話じゃない」
有無を言わせない迫力を感じて、俺は黙る。黙るべきではないのかも知れない、それ以上続けさせれば彼女を傷つけることになる予感がありながら、それでも嘘は吐きたくない、これは我が身可愛さなのか? それとも彼女に対する侮りか?
「……貴方は今、神を信じているの?」
「───ッ」
ほら見ろ、やっぱりそこを突いてくる。
俺が最も気づいて欲しくなかったところ。神のしるしなき《信業遣い》───《真なる異端》であると露見すること。
「《真なる異端》であるならば、そう言って。違うなら違うで、私に誤魔化さないで」
「……そう、だ」
認める言葉は苦り切っていた。俺とヒウィラの会話の外、シナンシスとカストラスの気配がひりつくものへと変わるのが感じられた。彼らは知っているんだ───《神々の婚姻》の真実を。
そしてそれは、どうやら目前のヒウィラも同じらしい。
「私、あれから考えたの。大魔王マイゼスは私にああ言ったけれど、あれは真実ではなかったんじゃないか、って。カヴラウで伝承されてきた話は事実だったんじゃないか、って。ほんとうはあの人、ギリギリのところでしるしが残っていたんじゃないか、って。だって最期にそう言っていたから」
死闘の末、《割断》のロジェスが看破した言葉。
───貴様には憎悪しかなかった。神と憎悪でのみ繋がって、他の縁をすべて切り捨てていたから強くあれた。
彼と神の繋がりは完全には断ち切られていなかった。真の意味で《真なる異端》までは行き着いておらず、僅かに残った一本の線が彼を生き永らえさせていた。それが切れていれば、待っているのはスプリール・テメリアンスクと同じ末路。
魔神の光臨と、それによる《真なる異端》の排除。
「あのときは口車で丸め込まれてしまったけれど、やはり《真なる異端》になれば神が裁きに顕れるというのは事実。そうでしょう、ユヴォーシュ」
「……その通りだ」
「なら今、貴方が《真なる異端》なのに裁かれていないのは赦されたから───ではないのでしょう。貴方がそんな顔をしているのだから」
「《人界》の大神ヤヌルヴィスが光臨しないのは、そのための出口をまさに横入りされているからだろう。天空の魔法陣はそのための代物か」
「何でそれを───」
横からカストラスに図星を突かれて、思わず口から零れてしまう。それが何より雄弁な肯定だと気づいた時にはもう遅かった。
いいや、きっととっくの昔にバレていたのだろう。
俺が何かを上手く隠したり、誤魔化したりできるはずがなかったんだ。バスティもいないのに無理をしてらしくないことに手を染めるから、こんな針の筵に追い込まれる。
全員の顔に「呆れた」と書いてあった。
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