376話 都市濁乱その10

 一気呵成に語ったから、(一括りにくくるのは実に乱暴だが)ディゴール勢も困惑を隠せない。飲み込むまでに少し時間を要するようだが、今度はこちらの番とさせてもらおう。


「分かってる情報は何がある?」


「あ、ああ」


「ここは私の口から説明するのがよろしいかと。構いませんか、ユヴォーシュ様?」


「……簡潔に頼むぜ」


 生身で対面すると印象が変わる。ムールギャゼットの本体は少しくたびれた雰囲気を醸し出してはいるがぱりっとした秘書官という印象を与える青年だ。俺より年上ではあろうが、そう離れていないくらいの年齢とは意外だった。それこそもっと上、そこにいるゴロシェザくらいの年配じゃないかと予想していたのは大外れだったわけだ。


 彼が語るところによると、三日前、ディゴール市民たちが突如として咆哮したという。何の先触れもなく、されど完全に同時に───俺がヒウィラを刺してバスティに意思と力を流し込まれた辺りの時間帯という話から推察するに、ケルヌンノスが儀式を起動したタイミングか。


 遠吠えた彼ら彼女らはそのまま、口といい目といい顔じゅうの孔から光を溢れさせた。真っすぐ上空へと幾筋も光が伸び、そしてディゴール上空で弾け───比類なき精度と規模で魔法陣を描いたのだという。地平線の彼方まで広がっていたように見え、少なくともムールギャゼット、ゴロシェザ、シナンシス、カストラス───彼ら四人とも上空を見上げていたのに、その果てが視認できないほどの広域魔法陣。


「きっとそれは今もまだディゴール上空に


 ムールギャゼットの説明を遮って、魔術師カストラスがそう告げる。俺は魔術は門外漢だから聞き返すくらいしかできない。


ってのは、そこに物理的に存在してるってことか?」


「それは分からない。光のようなものが立ち昇って魔法陣になったのだから、光線だとすれば非物理的魔法陣ということにはなるが───問題はそこではなく、という点だ」


「つまり?」


「理解が遅いな」


 刺さる一言を挟むな。


「ムールギャゼットの幾度かの偵察でも、天に大魔法陣は確認できていない。けれど魔術による影響は続いている。ならば魔法陣は必要なんだ、そこにあるはずなんだ。なければおかしい。それが見つからないということは隠されているということ、隠されているということは───」


「隠したい、守りたいものだという裏返し。なるほど」


 それが要、そして急所。魔法陣を広げて人々を操っているなら、魔法陣がなくなれば操れないはず。壊される心配がないなら堂々と曝け出していれば良いのだから俺たちになら壊せる───やったろうじゃないか。


 一筋、光明が見えた。


 あと気になるのは───


「さっき街中を駆けずり回っていて、索敵しようとしたらいくつかの強い存在に遮られたんだ。それについて何か分かることってないか?」


「強い存在というのは腕力とかの話、ではないのだろうな」


「ああ。存在感というか、ひときわイメージ……っていって伝わる?」


 経済人たる《銭》のゴロシェザとこうして話している場そのものが奇妙に思える。彼が俺の《信業》の感覚的な印象を聞いたところでどうにかなるだろうかと思ったのだが、浅かった。彼は頭を振ると、


「私には分からん。だがここには分かるかも知れない者がいる。そのために印象論であろうと情報は多いに越したことはないだろう」


「……なるほど」


 話させ役に徹して他の仲間の負担を減らし、考えることに集中させる。この非常事態にそれをさらりと受け持てるのは、この都市で酸いも甘いも噛み分けてきた彼だからこそできることか。


 見縊っていたぜ。内心で詫びつつ、まだまだ世界は広いなと思い知らされる歓びに打ちのめされながら、俺は俺にしか分からない感覚を可能な限り吐き出すことにした。

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