375話 都市濁乱その9
とはいえ、呆れかえっている時間も惜しい。とっとと本題に切り込んじまおう。
「この街に何が起こってるか、分かるか?」
「それはこちらの台詞だ、ユヴォーシュ。これは一体何事で、お前はどこまで知っている。まずはそれを語るのが先というものだろう」
鋭く切り返してくるシナンシスの言葉は、久しぶりだからむしろ安心した。そうそう、この偉そうな───というか《人界》を支える彼らは事実偉いんだろうが───態度でこその占神シナンシスってもんだろう。西への旅路でもさんざ手を焼かされたのが懐かしい。
久しぶりと言えば彼と最後に会った(と言っていいのかは曖昧だが)のは、確か聖都イムマリヤの血の底にある《冥窟》、神の魂を収める秘所たる《人柱臥処》だった。あのときニーオとディレヒトの間に立ち塞がっていたのは辛うじて見えた程度で、そのあとすぐ逃亡したニーオの追跡にかかりきりになったから話もできなかったが、あそこからどうやって
急ぐにしたって、ここで情報収集せずに飛び出せば先刻の二の舞だ。腹を括って俺は隠れ家の狭い一室、その壁にもたれかかると、
「分かった、話すよ。ざっくり説明するから、そのあと聞かせてくれ」
ヒウィラが物言いたげな顔を向けてくる。小さく頷いて制する。ここは話すべきだと思ってしまったんだから。
俺が彼らなら、まず説明してもらわない限りはてこでも動くまい。事情聴取は必須な以上、避けては通れないし説明して整頓できる事象もあるかもしれない。
俺は早口になりすぎないよう心掛けながら、大まかな今までの流れを整理して洗いざらい白状した。事細かに語れば《人界》が終わるまでかかってしまうから、概要だけかいつまんで。
妖属の男ケルヌンノスが俺を利用して性質の悪い儀式を走らせていた、少し前までの俺と接触したひとの神のしるしを通じて操るというものだ。黒幕は始末したが縁を経路として力と意思を流し込み、絞り滓のような状態で生き永らえ反撃を企てている。俺はそれを阻止するために戻ってきて、操られた連中の中でもひときわ強いやつをどうするか困っていたところだ、という塩梅。
───《九界》の外からの侵略者たる《暁に吼えるもの》の話や、俺が紆余曲折を経て《真なる異端》になり裁かれ待ちの状態であることなんかはかいつまんだ。その話まですれば大神光臨のシステムや俺が《暁に吼えるもの》の元眷属だったことにまで話が及ぶだろう。そうなれば議題は取っ散らかり、やれ「どうして黙っていたんですか!」とヒウィラが激昂するやら、やれお前が諸悪の根源だと責め立てられて情報を得られないやら、今すべきでない話の花が咲き狂ってしまうことだろう。
罪悪感がないわけじゃない。俺の約束された死や化身としていいように使われていた咎について、正直に言うべきなんだろうと理解はしている。けれどそれを優先して《人界》が崩壊するくらいなら、苦しみくらい背負うから守らせてほしい。
うん、やはり説明してみて正解だった。状況は変わらないけど、心情的にひとつ発見したのは良い兆候だろう。
俺は自分で思っているより、この《人界》ってやつを愛していたらしい。こんな期でもなければ一生自覚することはなかった本心。
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