372話 都市濁乱その6
たかだかアセアリオを撃ち墜とし、ちょっと大立回りを繰り広げただけでもう反動が脳に来ている。ガンガンと音が聞こえてきそうな頭痛に早くもメゲそうになっている自分がいて、あまりの情けなさに笑ってしまいそうになるくらいだがとてもそんな余裕はない。
痛い痛い痛い、絶対に今までみたいに気軽に使おうなんて思えない。どいつもこいつもこんな苦しみを味わいながら戦ってたってのか? 嘘だろ?
今なら分かる、ケルヌンノスから湧いた悪獣との死闘のあと、ぶっ倒れて意識が戻らなかった要因の一つは単純な《信業》の反動だ。無反動で扱えていた異能だからそれと自覚できないまま、勢いよく全開にしたから吹っ飛んだ。あの時は後のことなんてこれっぽっちも考える余地がないまま、とにかく目の前の化身をどうにかして討ち滅ぼさないとという危機感に駆られていたから、自分の身やまして自覚していなかった《信業》の反動なんて気にしていられなかったというのもある。
今回は生憎と、ペース配分をしてしまっている。一体に全力を集中すればいいあの時と違って、残さず全部始末をつけないといけないとセーブしているが故に、落ち着いて自己を顧みて痛みに気づけてしまったのだ。
───きっと、今までの俺はさぞやタフな男に映っていたんだろうなあ。
どれだけ攻撃を加えられても無尽蔵に《光背》で弾いて、縦横無尽に駆け回って、無双の怪力で魔剣を振るう。疲れ知らずのその男は、《真龍》も、《冥窟》も、聖究騎士も、妖精王にも、大魔王にだって真っ向から歯向かって生き残って。そりゃあ印象にも残るさ、心に刻んでくれたことだろうさ。俺だって列挙してみると憧れちまいそうだよ、何だよその冗談みたいな経歴は、話を盛るにも程がある。
そんな戦って戦って戦い続けて生き残ってるワケねえだろと、今の俺は叫びたい。
本当の俺はこんなにも弱虫で脆弱で、いざ自分で背負えばちょっとの苦しみにも耐えられない情けなさが露呈してしまう。自分がどれだけバスティにおんぶに抱っこだったか思い知らされるようで、敵だったのだと理解していても心苦しい。
いや悪い、それどころじゃない。
突入からこちら、もっと言えば聖都に押し入ってからこちら使いっぱなしの《信業》はいよいよ俺の脳を握りつぶすことに決めたらしい。軋む頭蓋に呼応するように《信業》の出力が落ちている。一蹴してきた眷属たちに手こずるようになっている、《光背》が危うく破られそうになる回数が増えている、極めつけに分かりやすいのが、
「ユヴォーシュ、あちら! 今なにか、変な人影がッ」
ヒウィラが索敵できるくらいまで、俺の速度が落ちている。このまま走り続ければやがて止まって、《光背》も使い果たして、眷属の集中砲火に沈むだけだから、俺は───
待った。
何て言った? 『変な人影』?
遥か昔、もう何年も前な気がしてくるくらい前に、ここで、この街で、そんなフレーズに引っかかる記憶がある。ええと何だっけ、誰か、とても鬱陶しい印象を抱いていたことだけはすぐ思い出せるのに名前が出てこない、ム、ム、ムルタンじゃなくて───
───異端聖堂の、ムールギャゼット。
思い出すと同時に石畳を削り尽くすような勢いで俺は停止した。
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