369話 都市濁乱その3

 俺が「上に十だッ」と叫ぶよりも早く、注文オーダー通りの嚇撃がアセアリオに直撃する。以心伝心でありがたいこったがやっぱおっかねえな!


 ディゴールじゅうの硝子が衝撃波でビリビリと揺れ、ここいら一帯ならば余波だけで砕け散ったことだろう。アセアリオは爆炎の中に消えてしまって壊せたか分からないが、《真龍》一匹墜としたところで戦況は好転しない。気を抜くな、そら来るぞ───


「ッお、らァッ!」


 《光背》に検知した敵性体を斬り払う。そいつは奇襲が不可能と悟ると、再びぼやけて逃げの一手を打つ。視界の端をかすめた白皙の髪に俺は見覚えがあった。


「……クァリミン」


 《幻妖》の血を引く彼女とは、西方で結んだ縁がある。何なら魔術で疑似的に延命されていた彼女を俺が《信業》で健常にから、何も知らなかった馬鹿な俺を経由して《暁に吼えるもの》の汚染は最も強いとすら言えるだろう。前線都市ディゴールここにいるのは納得できる理屈だが、そんなことはどうでもいい。


 《發陽眼》を宿して俺の前に立ち塞がる一人一人が、俺の業を体現した被害者だ。クァリミンとクィエイクの姉弟とはあれきりで、会おうと思わなければ二度と会うこともないような関係だったはずなのに、彼女は自由意志を剥奪されて俺への刺客に仕立て上げられてしまっている。


 それがどうしても許せない。


 だから、いま、───


「ユヴォーシュ」


 怒りを解き放とうとした俺の機先を制して、ヒウィラがぽつりと呟く。彼女が俺の名を呼ばなかったら、無茶苦茶な勢いで《光背》が奔り抜けていたことだろう。それでどうなっていたかはちょっと予想がつかないから、止めてくれて助かった。


 俺がそんなことを考えていると、彼女は、


「今の女性ひとも貴方の知り合い?」


 随分と刺々しく詰問してくるもんだから、俺は思わず噴き出した。


「答えなさいユヴォーシュ、貴方を狙って来たということは貴方と縁が深い人物なのでしょう」


「……うん、まあ、そうだよ。前にちょっと西に旅をしたときの同行者だ。それだけの関係さ、誓って本当だよ」


「誓えますか」


「……いや、うぅん。誓う相手が思いつかないな」


「ではいいです」


 ふい、と彼女は視線を逸らす。《人界》のあらゆる厄災が結集した街のただ中に二人ぽつんと取り残された俺と彼女の間で交わされる会話とは到底思えない。最悪の状況のはずなのに、そんな何気ない日常みたいな言葉が俺の心を蘇らせるんだって、彼女は気付いているんだろうか。


 震えるような笑みが浮かぶ。


「疑わしいってんなら───全部終わったら紹介するよ、ヒウィラ。まだまだ会わせたい人がいっぱいいるんだ」


 このクソッたれな現状を打開する理由が一つ増えて、俺は大声を上げて笑い出したいくらいの気分でいる。


 怒りで戦うなんて不健全だ。夢に向かって走る方がいい。


 奮える魂を魔剣に喰わせて、黒がグレートソードよりも猛く迸る。煙を裂いて飛来するアセアリオを、更に魔剣から伸びた黒刃がぶった斬った。

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