367話 都市濁乱その1

「さて」


 俺たち───つっても俺とヒウィラの二人だけだが───は再び《転移紋》の上に立っていた。ちょっとした広間の中央に魔法陣が描かれていて、その上に乗っているものは別の都市の《転移紋》の上に瞬間的に移動するという仕組みだ。大きさや部屋の立派さを無視すれば、俺が《虚空の孔》刑に処されたのと似ているっちゃ似ている。


 陣の上の俺たちをぐるりと取り囲んで、神聖騎士たちが見張っている。表情は険しいが、決して俺たちが何か余計なことを仕出かさないか見張っている訳ではない。……はずだ。


 彼らが警戒しているのは


 現在地は聖都イムマリヤ、行先は前線都市ディゴール。仮初めの《信業遣い》となって以降、俺の縁が最も濃い街と魔術的に繋がるとなれば、身構えるのも当然だろう。


 こちらから行けるということはあちらからも来れるということ。魔術の基本的な考え方としてそんな等価性が成り立つ以上、俺たちを送り出してそれで終わりとは限らない。魔窟と化したディゴールから眷属が押し寄せる可能性だって考えなければならないのだ。


 自分以上にぴりぴりしている神聖騎士たちを見ていると、むしろこっちの緊張はほぐれてしまいそうになる。本当は一番危険なのは当然、敵地に飛び込む俺たちなんだから張りつめていたっておかしくないのに。


 事実、ヒウィラの肩は強ばっていた。


「大丈夫、そんな力入れてると肩凝るぜ」


「《人界》にあって信庁の権勢及ばぬ地ですよ。貴方は逆にどうしてそんなに気が抜けているんですか」


「やることは分かってるからな。《暁に吼えるもの》のこびりついた残滓を綺麗さっぱり洗い落とす。それだけに集中すればいいってんならゴチャゴチャ考えずに済むぶん楽なくらいさ」


 軽口だ。相手どるのは《九界》の外からの侵略者、その尖兵たち。バスティやケルヌンノス、《無明なるもの》に名も知らぬ悪獣と戦ってみても、まだヤツらの手口やら全貌やらは掴み切れていない。それでも弱音は吐きたくなかった。


 やらかしたのは内実を知らない俺だったが、ヤツらの一味として侵攻のための糸口を作り出しちまったのは俺なんだ。だからキッチリ責任をとるべきだと考えたし、そんな奴がへこたれていても信用は得られない。どっしり構えて呆れるくらいの楽観論をほざいて、苦境にあってもタフに笑っている方が、頼り甲斐がありそうじゃないか?


 ───信用。神を信じられない俺が、誰かを信じさせるために強がってみせるのはひどい皮肉だ。他人に信じてもらうには、───


 一人の神聖騎士が声をかけてくる。


「時間だ、準備はいいか。お前ら二人だけを対象としての《転移紋》起動後、すぐに回線は切断される。戻ってくることは出来なくなるぞ」


「構わない、やってくれ。他の人も、離れてた方がいいんじゃないか」


 彼岸からの迎撃を警戒するにしても、こんな広間に何人神聖騎士がいるんだ。正直息苦しいくらいで、ちょっと数も減らないかなと思っての言葉だったが動く人は一人もいなかった。


 そうかい。


 俺は魔剣アルルイヤをいつでも抜けるように構えて、《光背》を即座に展開できるように意識を集中する。俺たちの立っている魔法陣が発光し始め、それと同時に高音が響き始めてどんどんどんどんと強まっていく。同じ現象がディゴール側の魔法陣でも発生しているから、眷属たちにはとっくの昔に気づかれているだろう。奇襲は不可能、堂々と突っ込むしかない。


 俺の手に、そっと触れるものがあった。


 俺が剣を抜けるよう構えているから邪魔にならないよう、ヒウィラが手の甲と甲とを触れ合わせてきたんだ。交わる視線の中に、彼女から俺への確かな信頼が含まれているのを、俺はきっと感じた。


 高音は際限なく強まり、発光が俺たちを真っ白く染め上げる。


 すべてが臨界に達し俺たちは聖都イムマリヤから弾き出されて、




 次の瞬間、あんぐりと広げられた巨大な顎が俺たちを噛み砕かんと襲い掛かる。

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