365話 九界奪還その7

 交易都市カリークシラの中心を貫くニーディーキラ交易路。延々と続くその道の端っこにちらりと見えた───そう思ったころには既に、その容貌を視認できる程度には接近している。


 速い。というのも当然の話で、彼らは《暁に吼えるもの》から《信業》の供給を受けている。全員が超人の一行なら、馬で馳せるよりもよほど迅速に進軍できるのだ。


 誰も彼も不気味に燐光を湛える瞳をしていることだけが共通点で、一言たりとも言葉を交わすことなく、一律な挙動で東へと向き直る。少女に縋りつかれていた二人もきびきびと動くものだから、少女は振り払われてすっ転ぶ。「いたっ」と声を上げて尻もちをつく彼女を無視して、まるでないものとして扱って、母親が一歩を踏み出す。


 強化されたその一歩が、地べたの代わりに少女の足を踏みしめてへし折った。


「あっ───ぎ、アアアァァァァアアアア!!」


 何が起きたのか理解もできないまま、本能に駆られて喉は苦痛を発信する。受け取るものはいない。


 カリークシラの住民たちのうち、狂気に呑まれたものは四分の一。残りは正気だが、恐慌に駆られている。眷属たちの瞳が燃え上がり遠吠えが始まったあの時───ケルヌンノスの儀式が発動したあのとき、住民の一人が彼らを制止しようとして。とても手出しなどできるはずもなく、触れてはならぬと骨身に叩き込まれてしまった。


 そこいらの家には震える住民がいる。いるが、だ。少女を助けに出られる者はいない。


 少女の悲鳴は続く。


 応える者は誰もいない。


 ───本当にそうだろうか?


「───何してんだ」


 凛と、放たれた言葉に眷属たちがぐるり揃って振り返る。注がれる視線に物怖じすることなく、立ちはだかっているのは一人の───女性。


 《暁に吼えるもの》の眷属ではない、《發陽眼》でない。そして聖究騎士でもない。であるならば極論、誰であっても構わない。この人数の眷属が揃っているならばユヴォーシュと聖究騎士以外にこの《人界》に太刀打ちできる存在など居はしないのだから。


 殺してしまおう、喰ってしまおう。邪魔をしたのだから悪いのは其方だ、と硫黄色に汚染された連中がにじり寄る。


 彼らの誤算はただ一つ。


 聖究騎士九席のうち、二席───《火起葬》のニーオとかつて《年輪》のヴェネロンが着いていた席が空いていたこと。


 空いている席ならば、新しく誰かが着いてもおかしくはない。


 けれど、まさかそんな───だからと言って本当に着いているとは思わないじゃないか!




 女性の瞳から火花が散る。《顕雷》がはしる。


 蒼の炎が燃え盛り、怒濤となって押し寄せて───そして全ては無に帰す。一切を赦さず、一切を残さず、絶対の結果だけを齎すその《信業》は、なるほど小神相当者と呼ばれるに相応しかった。

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