362話 九界奪還その4

 ガンゴランゼ・ヴィーチャナ。


 同時多発事件の多くは西方と前線都市ディゴールで確認されているため、西方の出身である彼との関連性も疑われたがすぐに否定された。もっと明確な理屈がすぐに出て来たからだ。


 


 ガンゴランゼほどの実力ある神聖騎士を昏睡させられるものなど限られていて、彼が倒れた当時の行動ルートとユヴォーシュの西方での目撃情報からしても十中八九ユヴォーシュの仕業であろうと見当はついていた。ガンゴランゼの独断行動が多いため、また《真なる異端》の可能性があったユヴォーシュを刺激しないため黙視していたが、今となっては糺すべきだったと後悔が尽きない。


 同時多発事件の発生源とユヴォーシュ・ウクルメンシルの《信業遣い》覚醒後の行動ルートはかなりの精度で一致している。ディゴールが混乱の渦中であることも鑑みると、彼が一連の事件の元凶と考えるのが筋が通るため、彼に仕込まれていたと思われる。


 ……ここにきて、ユヴォーシュを《妖圏》に送り込んだことを後悔するとは思わなんだ。到達すら容易くない異界への追跡行、信庁に属さぬ彼ならば失っても痛くないと思っていたが、よく見えて何かあればすぐにどうにかできる《人界てもと》に置いておくべきだった。


 目を離すべきではなかった。


 休息が足りないのもあってガンガンと痛み始めたこめかみを揉み解している彼のもとに、伝令の征討軍兵士が駆け込んでくる。普段ならば落ち着いて順序だった説明が出来る彼が、部屋に飛び込むなり開口一番、


「ほ、本殿にユヴォーシュ・ウクルメンシルが現れましたッ!」


 ディレヒトも、たまらず椅子を蹴倒して立ち上がった。




 急行してみれば、なるほど《妖圏》に向かわせたユヴォーシュであった。傍らにはヒウィラ、《魔界》アディケードの姫君……の影武者と聞き及んでいる少女を付き従えさせていた。信庁本殿の正面大階段を登った先、聖堂の前の広場に仁王立ちしている。両手で保持して支えにしているのは情報にあった魔剣か。距離を保って包囲している神聖騎士と征討軍をまるきり無視して堂々としている彼は、ここまで押し通ってくるまでに一言だけ発したという。


 ───「ディレヒトを呼んで来い」と。


 それ以外は何も告げず、制止しようとした征討軍の兵士は神域の早業で投げ飛ばされた。その気になれば壁に人型の穴をこしらえることもできたろうに、軽傷で済ませたのは手加減か。


 地方都市オミテムに突如姿を現し、都市総督に対し《転移紋》を使わせるよう要求。拒否されると当然のごとく剣を突き付けて脅迫し、無理やりに聖都まで転移してきたらしい。全くもってスマートではない。


 同時多発的に《人界》へと攻勢をかけたと思しき男と、同一人物とは思えない荒っぽいやり口だ。


 何かが奇妙だ。《魔界》アディケードに赴くとき以外、ユヴォーシュが常に連れて歩いていた少女───バスティの姿が見えないことといい、思いつめた彼の表情のといい、何かが《妖圏》へ向かわせる前と今とで決定的に違う。


 ……確かめなければならない。ディレヒトは合図してユヴォーシュを包囲している者たちを下がらせると、一歩を踏み出した。

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