360話 九界奪還その2

「……ユヴォーシュ。目が覚めたのですね」


 背後、俺たちが勝手に借用した廃屋からヒウィラが声をかけてきた。そっと運んだにしてもやはり起こしてしまったらしい。本音を言えば寝る前に少し話したかったりもしたから、俺としちゃ嬉しいんだが。


「大丈夫ですか。私が発見した時には死体かと疑うような有様でしたが」


「お陰様で。とはいえまだ本調子じゃないな」


「休まないと駄目ですよ。こうして話せていること自体が奇跡のようなものなんですから」


「……そうだな」


 『のようなもの』ではなく、まさしく奇蹟だ。《暁に吼えるもの》の異界知識を埋め込まれたお陰で、俺がやったことがとんでもないことだという自覚はできている。あの時は我武者羅だったから理屈なんて考えていられなかったのが功を奏したけど、もう一度ゼロから魂を創り出せと言われても出来る自信はない。


 けれど《暁に吼えるもの》、ヤツは未だ《九界》から手を引いてはいない。むしろ俺やバスティ、ケルヌンノスといった念入りに準備してきた化身を失ったヤツは、今後はより荒っぽい手段に訴えてくることだろう。


 対決は避けられず、ではそうなったときに全力で戦うとなれば魂まで振り絞らねば勝てないのは、あの悪獣との血で血を洗うような死闘で骨身にしみている。


 逃げ出す選択肢はない。時間的余裕だってない。とはいえさすがに───


「今夜一晩くらいは、休まないとな……」


「一晩だけって……。この廃屋も野宿と大差ないですから、まあ、構いませんけれど」


 呆れながら戻っていくヒウィラ。彼女もきっと聞きたいことは山ほどあるだろう、何せケルヌンノスとバスティの長広舌を彼女は聞けていないのだから。明日にでも話してやらないとな、でも包み隠さず全部ありのまま伝えたら心配かけるかな、でも……なんてアレコレ思いを巡らせながら、俺も寝床へと戻る。


 ───俺とバスティの謎については明らかになり、ケルヌンノスとも決着はついた。ヤツの企みは潰す必要があるが、それも《妖圏ここ》ですべきことじゃあない。


 俺が残してきた足跡を悪用されるなど許せるものか。本心を言えば今すぐに《経》を探したいところだが、流石に今日はクタクタだ。だから一晩、今宵だけはしっかりと休息をとったら、


 戻ろう、《人界》へ。







「……貴方ね、半死半生だったのだからきちんとした床につかなければダメでしょう」


「そういうヒウィラこそ、人の心配が出来ると思ってんのか。ちゃんと寝ないと」


「私はいいのです、もう十二分に休みましたから」


「それ言うなら俺だってさっきまで寝てたんだぜ。……ああもう、まだるっこしい」


「え? ……きゃっ!」


「こうすりゃ文句ないだろ。俺もお前も、寝ればいいんだろ」


「……もう。これでは二人とも寝にくくなるばかりではないですか」


「そうか?」


「───いいです、分かりました。仕方ない人ですね貴方は……」


「ヒウィラが文句つけてくるからだろ。俺のせいみたいに言われても困るぜ」


「何ですって、聞き捨てなりませんよ。元はと言えば貴方が───」


 夜は更けていく。


 《妖圏》で過ごす、最後の穏やかな夜が。

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