359話 九界奪還その1
「がッ、は……!」
俺は果たして飛び起きたのか───それとも死んだのか、少しの間混乱していた。それくらい夢は真に迫っていたし、剣を突き立てられる痛み苦しみは現実のものとしか思えなかったのだ。
どうやらそう思っていたのは俺の心だけでなく、肉体も一緒らしい。心臓が不規則にビートを刻んでいる。……苦しい。ショックのあまり止まってしまいそうで、飛び起きた体勢のまま胸を抑えることしばし。
「ぐう……ッ」
やっと落ち着いた俺は、どこにいるのかだけでも知りたくて周囲を見渡す───
今度は純粋な驚きで俺は跳び上がりそうになった。
ヒウィラがそこにいる。
どことも知れぬ廃屋の中───どうやら俺たちは未だ《角妖》の里に留まっているらしい。意識を失った俺を匿い治療するために手頃な家に転がり込んだというところか。俺が毛布を敷いた上に寝かされているのに、彼女は硬い床板に直に座ったまま、すうすうと寝息を立てている。
俺の身体、ズタボロで放っておけば死は避けられない惨状だったのもあらかた治療されている。万全とは言い難いが、生きるか死ぬかの瀬戸際からは離れられたと思って良さそうだ。
「……ありがとな」
彼女のお陰だ。俺がまだ、生きていられるのは。
彼女も一度は殺されかけた……というかいっときは正真正銘死んでいた身、不調が出ていないか聴取する必要はある。安静にするに越したことはないだろう。俺は身を起こす───貧血でフラフラはするが、まあ起き上がれないほどじゃない。空いた寝床にヒウィラを起こさないよう移して、俺は廃屋の扉を開ける。
《妖圏》の空には星が瞬いていた。
───ケルヌンノスの権杖による時刻の捩れは正されたのだろう。《真なる遺物》と思しき杖は今も《魁の塔》に転がったままか、それとも回収されたのか。まあ、仮に手に入れても有効に使える気はあまりしないし、後で聞いてみればいいか。
《真なる遺物》。《信業遣い》が命を捧げて作り出される、人生最後の願いのカタチ。気軽に拾って使っていいようなものじゃないのは思い知ったばかりだ。
あの夢、ジーブルの憎悪は魔剣アルルイヤを振るったが故のものだろうと、俺は察していた。俺よりも先に魔剣を担おうとやってきた男が、鞘から抜いた瞬間に恐慌に陥って逃げ出したというのも今なら何があったか分かる。剣に宿るジーブルの怨念に耐えきれなかったんだ。
あれは世の悉くに絶望し、それを憎んでいるが───《信業》と《信業遣い》へ向けられる情念はひときわ強い。《信業》とは魂を由来とする異能であり、《信業遣い》とは言わば魂に振り回される被害者として認識した彼は、最終的に魂へと憎悪を燃やし、それを害する剣を打ったんだ。
斬りつけられた側も、担う側も、どちらも等しく魂を破壊するから、《信業》に対してあそこまで貪欲な特効性能を誇っていたとすれば腑に落ちる。それだけじゃない、筋が通る理屈は他にもある。
俺が今まで気軽に、何の代償もなしに振り回していたのは無神経だったから。担い手の魂を害しようにもがらんどうだから、打てど響かず好き放題に使われていたのが真相。アルルイヤも使わせ甲斐がなかったことだろうよ。
……つまり、これからは違う。
俺がアルルイヤで斬れば、アルルイヤはその分の代償を俺に求めるだろう。ショック死しかねないような悪夢を見せてくる、魂を憎悪する魔剣。けれどその切れ味は折り紙付きで、あれ無しで戦っていくのは無謀が過ぎるというものだ。
何せ、きっと今日みたいな戦いはまだ続く。
《暁に吼えるもの》が───つまりかつての、化身としての自覚がない頃の俺が───《九界》にばら撒いた災いの種を刈り取らねばならない。そこまできっちり片を付けて、ようやく俺は自由な身と言えるはずだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます