358話 盟神探剣その14

 ───かつーん。


 ───かつーん。


 暗がり、打ち鳴らされる音は金属同士の激突音。暴力的なそれではなく、規則正しく振るわれる槌が奏でる鍛冶の音色だ。


 小柄だががっちりとした背中が見える。彼の片手が振り上げられ、振り下ろされ、そして、


 ───かつーん。


 彼が打っているのだ。鍛えているのだ。一心不乱に、剣を。


 火花が散る。火床に照らされてぼうっと浮かび上がる彼は、子供ほどの身長しかない。しかし鍛冶師として鍛え上げられており、決して未成熟なようには思えない。つまり彼はその背たけが自然な存在───《地妖ドワーフ》だ。


 火の爆ぜる音と、金属同士が高速で衝突する音ですぐにと気づけなかったが、低く太く別の音が続いている。地鳴りのようでもあり、《地妖》の発する声ならばあながち間違いでもないように思えた。


 ───おぉぉぉぉぉおおおぉおおぁぁぁおおうぅ。


 彼はいていた。


 顔は見えないが、声の湿り具合からどう考えても滂沱の涙を流しているはずだ。にも関わらず作業の手を止めることはなく、むしろその勢いはいや増していく。火花は激しさを増していく。


 ───おおぉぉぉぉおおおっ、神よ、どうして……おぉおぉぉおおおぅ。


 思いの丈のすべてよ鍛えている剣に宿れ、とばかりに振り下ろされた槌が、遂に砕け散った。はたから見ていて無理もない、と思ってしまう。それほどまでに一撃一撃が重かった。とてもただの槌が受け止められるような衝撃ではない。あれが俺目がけて振り下ろされるものだと仮定して、《光背》なしで受け止めるのは躊躇する域。


 《地妖》は体勢を崩し、金床に強か額を打ち付けた。鈍い音がして、ゆっくりと身を起こした彼は手に握ったままの槌の柄を眺める。破片に目を移す。


 彼の見たそれらが、《》と共に浮き上がって復元される。


 《信業遣い》───だったのか! 


 ───う、ぅぅ、ぐ、ふ、ぅぅぅううおおぉぉぉぉ……。


 復元された槌を片手に、再び剣を打ち始める《地妖》。先刻打ち付けたであろう額、無事ではないだろうに全く気にする様子はない。ただただ慟哭と共に剣を打つことだけに専念しているのが背中越しでもこれでもかと伝わってくる。


 ───神よ、神よ、何故……何故、なのか、どうして与えたのか。おおぉぉぉぉ……。


 幾度となく打ち続け、やがて再び道具を壊す。それを《信業》で直しながら、また剣を鍛えてを繰り返すさまは、病的なものを感じてやまない。


 果たしてどういう原理で俺がこの情景を見れているのかは不明だが、彼が誰だかは察せられる。


 魔剣アルルイヤの作り手。


 妖精王ゼオラド・メーコピィの一人息子。


 探窟都市ディゴールで出会った半人半妖のジニア・メーコピィの父親。


 ジーブル・メーコピィ。彼がそうか……。


 ───メリアメルを喪ってからでは遅いというのに、メリアメルを取り戻せなければ意味がないというのに、何故、何故、何故ェ、ぉぉ、ぉおおおぉぉおおおう。


 何の前触れもなく、ぐるりとジーブルが俺の方を向く。てっきりこれは夢で、ただ彼の嘆きを見せられているだけだと思い込んでいた俺はぎょっとした。濁った瞳は俺に焦点を合わせている。俺を見ている。俺を───認識している!


 動けない俺に向かって一歩一歩、覚束ない足取りで近付いてくる彼の手には抜き身のアルルイヤ。小柄な《地妖》にとってはグレートソードにも等しいそれが工房たる洞窟の床を擦るカラカラという音は空虚に響く。


 ……動けない。


 病み切って澱んだ瞳の男が剣を片手にこっちにくるのに、俺は何の抵抗もできないままだ。彼が俺の正面に立っても、俺をじっくりと値踏みするように眺めても、そして両手で保持した魔剣をゆっくりと俺の心臓に突き立ててきても、俺は一言の悲鳴を上げることもできないまま。


 ───呪われろ。


 ジーブルの怨嗟の声を黙して聞きながら、鍔のあたりまで刃が捻じ込まれる激痛に気が遠くなる。けれども気絶はできないらしい。


 ───呪われてあれ、この《業》よ! 俺も、お前も、誰もかも、力持つ者に災いあれ! 死ね、死ね死ね死ね死ね死ねェ───!

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