357話 悪獣弑逆その7

 斬って斬って斬りまくる。


 裂いて裂いて裂かれまくる。


 狭い《火焔光背》の中は血臭凄まじい凄惨な殺し合いの現場となった。互いに防ぐ余裕も躱す手段も奪われ、唯一残っている道を突き進むしかない。どちらかのゴールはもう一方の死、故にどれだけ苦しかろうとも痛かろうとも立ち止まることは許されない。


「ぎッ、ご、ォォォあああああッ───!」


「ル゛ウ゛ウ゛ウ゛バ゛ワ゛ッ、ギ゛グ゛、ゴ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ッ」


 顔の口から血を撒き散らしながら吼える俺と、背に開く口から絶叫を迸らせる獣と、双方とも実に見苦しい声で聞くに堪えない。俺のはお前がいなくなればこんなだみ声出さずに済むんだ、お前がいなくなればお前の声も聞かずに済むしな、とっととくたばりやがれ───!


 百は斬っただろうか、再生能力も備えていたらしい悪獣も追いつかない速度で負傷を負わせた。当然俺も同じかそれ以上にズタボロだが、なに、今さらというものだろう。ケルヌンノスに、《無明なるもの》に、それ以前にも、既に散々に破壊されてきたんだ。この期に及んでちょっと殺したからって、俺が止まると思ってるなら愚かしいにも程がある!


 俺を殺したきゃあ、魂までキッチリぶっ壊せってんだ!


「ぜああああああッッ!!」


 裂帛の気合で悪獣をカチ割る。頭から尻尾まで綺麗に両断された化身は、べり、べりべりばり、と音を立てて


 どちゃりと地面にへばりついた時にはすでに、悪獣は絶命していた。もとより真っ当な生命体ではないからくたばるときはあっという間なのだろう。亡骸は見る間に原形たる人型を喪って、じゅうじゅうと音を立てて溶解していく。


 黒の汚水溜まりに黒の刃を突き立てる。死んでいるか確認するというより、そうしないともう立っていられないから。支える杖の代わりにして、俺は《火焔光背》を終了する。


 こみ上げるものを吐き出すと、悪獣の残滓に負けず劣らず真っ黒な血液だった。全身くまなく傷だらけ、片目と両足が機能を喪失している現状ではそれくらい驚くことじゃない。俺はいつからこんなに痛みに強くなったのだろうとボンヤリ考えながら、緩慢な動作で肉体を修復していく。


 いきなり頭のてっぺんまで電流が走った、と思ったら膝をついていた。たかがその程度の衝撃で気絶しそうな激痛が走る、俺の身体は死体みたいなもんだ。まだ痛みがあるだけマシな方と言えよう。


 そんなことを考えていたら、みるみる力が抜けてそのまま仰向けに倒れてしまった。悪獣がさんざ暴れた余波で空模様はしっちゃかめっちゃかだ。今にも泣き出しそうに鈍色の空を眺めながら、俺はいつの間にか痛みも感じなくなっているのに気づいた。


 マズい、マズいマズいマズい。このまま意識が落ちたら間違いなく死ぬ。半死半生よりも死に寄っているのは自覚していたが、思っていたよりキていた。


 眠いのとも違う、ような感覚。肉体修復の《信業》に集中できない。まだ全然致死圏内なのに。このまま放置すれば死んじまうのに、動けない。


 あれ?


 ───もしかしてこのまま終わるのか、俺?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る